~ 『数え方の辞典』収録のコラムより ~
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
俵さんは、歌人の中でもお酒好きで有名で、『百人一酒(ひゃくにんいっしゅ)』という、数え方の妙を熟知したタイトルのエッセイも書かれています。言うなれば、酒と数え方の最高の味わいを醸造する歌の名杜氏。この作品も、見事に「二本」という数え方で、登場する男女の関係を描き出しています。
想像してみてください。チューハイを缶で飲むという状況は、居酒屋や洒落たバーなどではなく、おそらく彼のアパートといった日常的な場所でしょう。お金はないけど、仲睦まじい男女。彼女は「何か作るね」と言って立ち上がり、彼の冷蔵庫の中に残っている有り合わせの材料で、ささっと気の利いたおつまみなどを作ります。それが、ちょうど彼が缶を2本空ける時間。そして、出されたつまみを口にした彼が、思わず「嫁さんになれよ」と口走ってしまう――そんなほほえましい光景が目に浮かびます。「二本」という数え方の中にこんなドラマを思い描いてしまいますね。
俵さんの"数え方杜氏"としてのセンスがどれくらい素晴らしいのかを説明するために、ちょっと名歌に手を入れてしまいましょう。
「嫁さんになれよ」だなんてチューハイ二杯で言ってしまっていいの
どうですか?これだと、飲み屋でたまたま隣に座った女性を、酒に弱い男性が「誰でもいいから、俺の嫁さんになってくれ!」と、口説いているだけの、何だか安っぽくて酒くさい歌になってしまいませんか?「二本」と「二杯」。数え方をたった1文字変えるだけで、こんなにも歌の雰囲気が変わるのです。
著者:飯田朝子(いいだあさこ)
東京都生まれ。東京女子大学、慶應義塾大学大学院を経て、1999年、東京大学人文社会系研究科言語学専門分野博士課程修了。博士(文学)取得。博士論文は『日本語主要助数詞の意味と用法』。現在は中央大学商学部教授。2004年に『数え方の辞典』(小学館)を上梓。主な著書に、『数え方もひとしお』(小学館)、『数え方でみがく日本語』(筑摩書房)など。
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