VOICE

丸島和洋さん 歴史学者
大河ドラマ『真田丸』の若き時代考証者

三谷幸喜氏の脚本による、NHK大河ドラマ『真田丸』。視聴率も好調で話題になっていますが、このドラマを影ながら支えているのが、“時代考証者”です。その大役を担う歴史学者の丸島和洋さんに、まずはドラマの時代考証の裏話や苦労話をお聞きしました。3回シリーズでお送りします。

なぜ、言葉遣いが現代風に聞こえるのか?

NHKから最初にお話をいただい時は、何の番組かは教えてくれず、私もまさか大河ドラマの時代考証の依頼とは思ってもみませんでした。NHKの担当者の方とお会いし、そこで初めて、新しく始まる大河ドラマの件だと聞かされました。
もともと大河ドラマのファンだったこともあり、よろこんでお引き受けしましたが、最初の頃はトップシークレットの内容ばかりで、家族にも内緒にしてひとりで作業をしていましたね(笑)。周りの研究者が「誰が時代考証なんだろう?」と聞いてくるのを、「さあ?」と素知らぬ顔で通していました。
このドラマの時代考証は、黒田基樹氏(駿河台大学法学部教授)、平山優氏(山梨県立中央高校教諭)、そして私の3人で担っています。3人が顔を合わせるのは月に1回程度、あとは頻繁にメールと電話のやり取りをしています。ただ私は、毎週のようにNHKに通い、脚本だけでなく、書状を中心とした筆で書かれた小道具のお手伝いもしています。

丸島和洋まるしまかずひろさん

1977年大阪府生まれ。博士(史学)。国文学研究資料館特定研究員、慶應義塾大学文学部非常勤講師。慶應義塾大学文学部史学科卒、同大学院文学研究科後期博士課程単位取得退学。NHK大河ドラマ『真田丸』の時代考証を担当する。著書に『真田四代と信繁』(平凡社新書)、『真田一族と家臣団のすべて』(KADOKAWA新人物文庫)、『戦国大名武田氏の家臣団―信玄・勝頼を支えた家臣たち―』(教育評論社)など。

取材・文/角山祥道 写真/五十嵐美弥

ドラマが始まった当初、「言葉遣いが現代風じゃないか」という賛否両論が番組に寄せられました。
このことについて、少しお話ししますと、私たち時代考証者は当然、「言葉遣い」に関しても意見しています。当時、その言葉が遣われていたかどうかは、大変重要なことだからです。そして結論から言うと、実は『真田丸』に出てくる「単語」の多くは、時代考証済みの言葉なのです。

それなのに「現代風」に聞こえる理由はいくつかあるのですが、そのひとつは「語尾」の問題です。例えば、当初、長澤まさみさん演じるヒロイン「きり」の、「助けに来てくれたのね」という台詞が話題になりましたが、ここに使われている単語だけを拾えば、当たり前ですが当時も使われていたものです。私たちは三谷さんが書かれた台本を読んで、直せる範囲で当時に近い単語に直しています。一方で「語尾」は、その役柄のキャラクターを決める重要なものでして、脚本家の領分と言ったほうがよいかもしれません。ですから語尾については脚本家の意向を尊重しています。
もともと、脚本家の三谷幸喜さんは、「オフィシャルの場は武家言葉で、家族の会話は現代語に近くして、オンとオフをはっきりさせたい」とおっしゃっていました。ドラマ開始当初、「きり」はオフィシャルの場に登場しませんし、年齢的にも子どもなので、必然的に、ああいう堅苦しくない言い回しになったのです。現在、北政所(きたのまんどころ)の前などでは、だいぶ落ち着いた話し方をしていると思います。信繁が相手になるととたんに言葉がくずれるのは、「オフ」の会話という演出です。

違和感が生じたもうひとつの原因は、私たちの思い込みです。実は私たちが考える「時代劇に相応しい言葉」は、江戸時代の歌舞伎や講談、浄瑠璃などによって作られた言葉です。そして、のちに書かれた時代小説やテレビの時代劇などがそうした言い回しを定着させました。ですから、「時代劇に相応しい言葉」の中にも、実は江戸や明治の言葉だった、というものが多数含まれているのです。時代劇らしくするには「漢字熟語」を多用すればよいのですが、そのかなりのものが明治生まれの言葉なのです。
例えば、「心配」という言葉が出てきたとしましょう。この言葉が時代劇の中に登場しても、違和感を覚えません。「心配めさるな」とか、いかにも時代劇っぽい。しかし『日本国語大辞典』で調べると、「心配」は、江戸初期には「こころくばり」と読んでいたようで、「配慮する」という意味です。「しんぱい」と読むようになったのは江戸後期。しかも「不安」というニュアンスで用いられ始めるのは江戸末期。つまり「心配」という言葉は、戦国時代を描くドラマでは使えないということになってしまいます。ところが、これに変わる言葉が難しい。直そうと思えば簡単に直せます。「御心を安(やす)んじられませ」「ご案じあるな」あたりが候補となります。でも台詞が長くなってしまい、間が変わってしまいますね。
そこで、視聴者が時代劇で違和感を覚えない言葉なら、無理に直さないほうがよい、という判断も生まれてきます。特に、戦国の言葉に置き換えると、聞いても意味がわからなくなってしまう言葉などが該当します。例えば、城や屋敷の図面は「指図(さしず)」と呼びますが、耳で聞くと「命令する」としか思って貰えないでしょう。「絵図」なら戦国にもある言葉ですが、遠景を描いたような印象を受ける。そこで近代語であることは承知しているけれど、「絵図面」なら聞いても違和感がないだろうから使用しよう、といった具合です。

また、いかにも時代劇っぽい言葉は、やはり聞き慣れない世代が増えているようです。もう地上波では時代劇をほとんどやっていませんし、子どもの頃、一家で時代劇を見た経験も少なくなっているのではないでしょうか。「今の言葉、どういう意味?」となったら、ドラマから意識が逸れてしまいますから、本末転倒。毎回試行錯誤の連続です。
実は、微妙に言葉遣いの直しも変えていっているんですよ。信繁・信幸・きりたちの成長の描写を、時代考証なりに提案したいという思いと、今まで時代劇視聴経験の少なかった方も、慣れてきてくださっただろうという思いの、両方です。

ドラマでわかる、最新の歴史研究とは?

時代考証者からみると、『真田丸』のもうひとつの特長は、最新の歴史研究が反映されていることです。武田滅亡と本能寺の変後、武田旧領をめぐって争われた天正壬午(てんしょうじんご)の乱も、ドラマで描かれたのは初めてじゃないでしょうか。
主人公の信繁が、秀吉の馬廻衆だったというのも新しい知見です。謀反の疑いで秀吉に切腹させられたといわれる「秀次事件」も最新の知見を活かしたものになっています。大坂城に築かれた「真田丸」も従来は、武田流の「丸馬出」(半月形)の発展系というのが定説でしたが、それが覆される発見がなされています。こうした新しい研究成果がどう物語に盛り込まれていくのか、今後のドラマの見どころのひとつでもあります。しかしこれがかえって、「史実と違う」と思われる方が出ることがあると仄聞(そくぶん)しておりまして、今度は「歴史学徒」として、研究成果のアピール不足を感じます。

そして三谷さんといえば群像劇。『真田丸』は「父と子」がテーマのひとつになっています。昌幸、信幸、信繁の父子はもちろん、秀吉と子どもたち、そして家康と息子たちにも注目です。これは脚本家三谷さんが描く「テーマ」なので、考証者が口を挟む領域ではありません。私たちも台本が出てくるのを楽しみにしています。

(次回につづく)

2016-07-04

BOOK INFORMATION

真田四代と信繁

『真田四代と信繁』(平凡社新書)

丸島和洋 著

定価:800円(税別)

出版社:平凡社

真田家の歴史を追えば、戦国時代そのものが見えてくる。──「表裏比興者」昌幸、「日本一の兵」信繁(幸村)が歴史に名をはせたのはなぜか。その答えは、国衆としての真田氏を確立させた幸綱・信綱の時代から、信之が近世大名の礎を築くまでを追うことで、おのずと見えてくる。歴史ファンにもひときわ人気の高い真田氏。激動の100年がまるごとわかる決定版。(帯裏より)


はじめに
一章 真田幸綱 真田家を再興させた智将
二章 真田信綱 長篠の戦いに散った悲劇の将
三章 真田昌幸 柔軟な発想と決断力で生きのびた「表裏比興者」
四章 真田信繁 戦国史上最高の伝説となった「日本一の兵」
五章 真田信之 松代一〇万石の礎を固めた藩祖
あとがき

飯野勝則さん 佛教大学図書館専門員
日本のウェブスケールディスカバリーのパイオニア

丸島和洋さん 歴史学者
大河ドラマ『真田丸』の若き時代考証者

ニコリ パズル制作会社
とことん遊び尽くす、学び尽くすパズルカンパニー

米澤 誠さん 東北大学附属図書館員
学習支援のトップランナー

石川芳立さん 新潮社 校閲部
“校閲は著者のためにある”を体現する校閲者

東雅夫さん アンソロジスト
幻想文学の傑作を届ける水先案内人

ショウワノート 文具メーカー
学習帳業界のトップランナー

大橋崇行さん 東海学園大学准教授、作家
司書の世界(お仕事)を小説で伝える

喜多あおいさん リサーチャー
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サンキュータツオさん 漫才師、日本語学者
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見坊行徳さん 校閲者
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堀口茉純さん 歴史作家、タレント
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