アンソロジスト・東雅夫さんは、黎明期からのジャパンナレッジのヘビーユーザーだが、氏は、どんなふうにジャパンナレッジを活用しているのだろうか。実際の『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション』の編纂作業を見ていきながら、氏ならではの活用法をうかがう。
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家、怪談専門誌『幽』編集顧問。早稲田大学第一文学部卒。1982年『幻想文学』を創刊し、2003年まで編集長を務める。2011年『遠野物語と怪談の時代』で第64回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。著書に『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』『百物語の怪談史』、編纂書に『文豪妖怪名作選』『澁澤龍彦 ドラコニアの夢』、監修書に『怪談えほん』ほか多数。
取材・文/角山祥道 写真/五十嵐美弥
『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション』(全5巻/汐文社)では、特に「註釈」にこだわった本作りをしています。
通常、註釈は、章末や巻末にまとめられていることが多いと思いますが、読みながら巻末の註を探す作業はストレスですし、そのため註を読まない人も多い。そして、ともすると本自体に挫折してしまう。
かといって、言葉のすぐ下に括弧書きで註釈を載せるのも読みづらい。ページの下部に註を載せることを「脚註」と言いますが、これは読みやすい反面、文字量に制限があるので、註を作成する側からすると制約が多い。試行錯誤の挙げ句、たどり着いたのが「傍註」でした。
基本、見開きページの左端に、2段組で入れたのですが、これだと1行で済ますこともできますし、10行、20行……と増やすこともできます(編集者や印刷所、デザイナーには大変な作業ですが)。このシリーズの『霊』の巻に収録した久生十蘭(ひさお・じゅうらん)の「黄泉(よみ)から」のように、1ページ丸ごと、傍註になっている作品もあります。
『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション 霊』「黄泉から」246~247頁より
なぜここまで註釈にこだわったのか。それは、このシリーズを「10代の読者が読めるものにしたい」という狙いがあったからです。10代といっても下は小学生から上は大学生まで、幅広い年代です。彼らが、難しい言葉や表現に躓くことなく、作品の面白さを味わうには、おざなりでない註が必要でした。
今回の註釈は、大きく三つの性格に分類されます。
(1)言葉そのものの註
たとえば、室生犀星の「後の日の童子」(『霊』収録)ですと、「およって 眠って」「夢裡 夢の中」というような、今の小・中学生にはわかりにくい言葉の説明です。
こうした時に重宝するのが、ジャパンナレッジです。サービスが開始された初期の頃から使っていますが、多くの辞書を横断検索できるというのが本当に便利です。特に註を書く場合、1冊の辞書に頼るのは危険です。数冊の辞書を読み比べて、最も相応しい註――10代の読者にも伝わりやすい言葉を選んでいきます。本当に、ジャパンナレッジとノートパソコンさえあれば、「移動図書館」を備えているようなものです。
(2)作品相互の関連性
一例を挙げると、夏目漱石の『夢十夜』(『夢』収録)「第四夜」の「蛇になる」。
《蛇になる 紐の類が蛇と化す例としては、根岸鎮衛(やすもり)の随筆『耳嚢(みみぶくろ)』所収の「悪気人を逐(お)う事」や田中貢太郎の怪談実話「這って来る紐」、葛飾北斎の浮世絵『百物語』の「執念」など。なお、漱石には、草原の蛇が人語を漏らす「蛇」(『永日小品』所収)という薄気味悪い小品もある。》
ほかの作家や漱石の関連する作品を、意図的に多めに紹介しています。この註釈を入り口に、ほかの作品にも興味を持ってもらいたいと思うからです。こういう時にもジャパンナレッジは重宝で、辞書だけでなく、「東洋文庫」や「新編 日本古典文学全集」、「古事類苑」なども入っていて、ほかの作品と比較したり、多角的に調べたりすることが可能になります。ゆくゆくは、『文芸倶楽部』や『太陽』、『美術新報』や『風俗画報』なども、個人サービスの中に加えてもらえるとありがたいですね(※これら4つの雑誌は現在、法人契約でのみ利用可能)。
ちなみにこの『夢十夜』の註では、新海誠(しんかい・まこと)監督のアニメ映画『君の名は。』や、水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』などにも言及しています。10代の読者に身近なものと文学作品とを繋げたいと、確信犯的に登場させています。手にとって探してみてください。
(3)一歩踏み込んだ解釈
同じく室生犀星「後の日の童子」の「尾いて行くぜ……」という一節に対し、《もはや幽明の境界が判然としない、慄然たる描写である。童子ばかりでなく彫刻家の息子もまた、この世のものではないのか……》と、私個人の踏み込んだ解釈を示しています。「こういう読み取り方ができるのでは?」という読者へのひとつの提案です。ここでは読者との対話を試みたつもりです。
実際の註釈作業では、ジャパンナレッジにだけ頼っていたわけではありません。大まかな作業は、次のような工程で行ないました。
①ウィキペディアなどインターネット検索で当たりをつける。
②信頼できるデータで調査・確認をする。
③可能な限り、実際の書籍や雑誌、新聞で確認する。
①だけで終わりにしてはいけないのは、言わずもがなです。もちろん、①を飛ばすこともあります。②で活躍するのがジャパンナレッジです。ここに掲載されている辞典類は、過去の知識の集積です。重みが違います。そして③の作業は、主として早稲田大学の中央図書館のお世話になりました。校友会員も書庫に入ることができるので、存分に調べることができて大変ありがたかったです。
とはいえ、刊行時期が決まっているので時間的な制約も厳しく、非常に苦労しました。で、作業中は夢中で気づきませんでしたが、後で計算してみたら、註釈の総量は、原稿用紙にして1000枚を超えていました……。
苦労した『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション』ですが、10代の読者だけでなく、大人の読書家の反響も上々で、「この註、面白い!」という嬉しいリアクションを頂戴できて疲れも吹き飛びました。
2018-05-21
出版社:汐文社
夏目漱石・芥川龍之介・太宰治......。文豪がのこした怪談の傑作を、アンソロジストで文芸評論家の東雅夫が児童向けにわかりやすく編纂したシリーズ。一流の絵師・イラストレーターによる挿絵を豊富に使い、読みやすくなっている。総ルビ、丁寧な註釈つき。
夢 夏目漱石・芥川龍之介ほか 東 雅夫:編/山科理絵:絵 1,600円(税別)
獣 太宰治・宮沢賢治ほか 東 雅夫:編/中川学:絵 1,600円(税別)
恋 川端康成・江戸川乱歩ほか 東 雅夫:編/谷川千佳:絵 1,600円(税別)
呪 小泉八雲・三島由紀夫ほか 東 雅夫:編/羽尻利門:絵 1,600円(税込)
霊 星新一・室生犀星ほか 東 雅夫:編/金井田英津子:絵 1,600円(税別)