NHK大河ドラマ『真田丸』時代考証者をつとめる丸島和洋さんは、戦国時代を研究する歴史学者です。丸島さんはなぜ、戦国時代に魅せられたのでしょうか。丸島さんの歴史との関わり方、関わることになったきっかけなど、丸島さんの個人史についてうかがいしました。
好きなことは続く──これが私の実感です。
私は、テレビゲームで『三国志』に出会った頃に、“歴史”好きになりました。小学2年生の頃です。小学生向けに書かれた『三国志』を買ってもらったあと、家にあった柴田錬三郎の『英雄三国志』を読みふけり、すっかり歴史小説・時代小説の魅力に取り憑かれました。大学に進学する際、迷わず史学科を選んだのですが、この時、どの時代を研究するか悩みました。『三国志』は後漢末期の頃ですから、時代が古く、史料が少ない。研究を続けるなら、史料が豊富なほうがやりやすいと考え、日本の戦国時代に的を絞りました。
そのなかでも、私は戦国時代の甲斐武田氏を中心に研究を進めました。表向きの理由は、先行研究と史料の多さにあります。実は、戦国大名の中で最も研究が進んでいるのは、相模の小田原北条氏です。江戸幕府が成立した後、その前に関東を治めていた北条氏が出した文書を、名主をはじめとする村落の有力者から提出させ、写(うつし)を作らせました。名主は、地域の年貢をとりまとめる役を負っていますが、年貢を納められない家があると、立て替えなければならない立場にあります。その結果、江戸時代265年の間に、多くの名主が破産していきました。当然、文書も散逸してしまいます。ちなみに、地方の代官も税の立て替えの役を負っていて、随分大変だったようです。悪代官というのは、時代劇の世界の存在といってよいでしょう。
このように北条氏に関しては、名主の文書を早い段階で江戸幕府が書写して収集したので、史料が大量に現在に伝わり、研究も進みました。その北条氏と同盟を結んでいたのが、今川氏と武田氏です。この三家は、互いの政策を学び合っていますから、たとえば行政機構なども似ている。そこで北条氏の研究成果と比較研究ができるということで、研究対象のひとつに武田氏を選んだわけです。そのうち、武田氏に従っている真田氏も視野に入ってきました。
1977年大阪府生まれ。博士(史学)。国文学研究資料館特定研究員、慶應義塾大学文学部非常勤講師。慶應義塾大学文学部史学科卒、同大学院文学研究科後期博士課程単位取得退学。NHK大河ドラマ『真田丸』の時代考証を担当する。著書に『真田四代と信繁』(平凡社新書)、『真田一族と家臣団のすべて』(KADOKAWA新人物文庫)、『戦国大名武田氏の家臣団―信玄・勝頼を支えた家臣たち―』(教育評論社)など。
取材・文/角山祥道
武田氏を選んだ裏の理由は、テレビゲームの『信長の野望』の影響です(笑)。こうしたゲームは、武将の能力が数値化されますが、武田家臣はこのパラメータが非常に高い。武田氏で随分、ゲームをやり込みました。私はテレビゲームで歴史好きになり、テレビゲームで進路を選んだといってもよいのかもしれません(苦笑)。
もっとも仕事として研究をやっていく以上、「好きだから」だけではできません。研究対象は客観的な眼で見ないといけませんから。ひいき目に見てはお話しにならないですよね。その心理的転換がなかなか難しいのですが、「好きだから」でスタートして、そこから時間をかけて、自分なりの流儀を作っていけばいいのだと思っています。でもこれって、結局「好きだから」かもしれませんね。
『真田丸』の時代考証を引き受けたのも、「大河ドラマが好きだった」ということが、大きく関わっています。中井貴一さん主演の『武田信玄』(1988年)や、鎌倉幕府の滅亡や南北朝動乱を描いた『太平記』(1991年)は、子どもの頃に熱心に観ていました。これはあくまで私の勝手な想像ですが、時代考証者を選ぶ際に、「大河ドラマというものをどのように捉えているか」というのは、大きなカギなのかもしれませんね。
大河ドラマは、史実をベースに描いていて、視聴者の多くが一般の時代劇よりも史実に忠実な作品だと思っていますし、実際その通りです。その一方で、フィクションであることもまた事実です。史実を踏まえつつも、物語としての完成度、おもしろさも追求しなければなりません。年表をつくるわけじゃないですし、教科書でもありません。そこで時代考証が「史実はこうなんだから、ともかく何でも絶対変えちゃ駄目だ」と言い張ったら、まとまるものもまとまらないですよね。このあたりの、ドラマとしてのさじ加減がわかるかどうかを、昔の大河ドラマの話を雑談でしながら、問われていたように感じました。
『真田丸』では、これまでの自身の研究分野を活かして、小道具の製作にも関与しています。特に書状の作成は、けっこうお手伝いをしています。そのため今回の書状は、かなりマニアックでして、各大名ごとの個性を踏まえて、紙の大きさや折り方まで指定したりしています。たとえば真田や北条と、秀吉とでは、紙の使い方を完全に変えています。またどこがアップで撮影されてもいいように、いかにも当時の文章らしい文面を考えて作っているのですが、困るのが書状に入れる日付です。ドラマですから、視聴者にわかりやすくするために、出来事をひとまとめにして時系列を入れ替えることがあります。たとえば北条氏の沼田城攻めなんかは、四回も五回もやっているのを、一回にまとめている。複数の時間軸で進んでいるので、そこに書状が登場すると、いったいどの時間軸に合わせた日付を指定すればよいのか、大変悩ましいところです。
時代考証は、簡単な作業ではありませんが、それでも、三谷幸喜さんの第一稿を目にすることができるのは、大河ファンとして嬉しいことです。毎回、「面白い!」と脚本に感嘆しています。
2016-07-11
定価:800円(税別)
出版社:平凡社
真田家の歴史を追えば、戦国時代そのものが見えてくる。──「表裏比興者」昌幸、「日本一の兵」信繁(幸村)が歴史に名をはせたのはなぜか。その答えは、国衆としての真田氏を確立させた幸綱・信綱の時代から、信之が近世大名の礎を築くまでを追うことで、おのずと見えてくる。歴史ファンにもひときわ人気の高い真田氏。激動の100年がまるごとわかる決定版。(帯裏より)
はじめに
一章 真田幸綱 真田家を再興させた智将
二章 真田信綱 長篠の戦いに散った悲劇の将
三章 真田昌幸 柔軟な発想と決断力で生きのびた「表裏比興者」
四章 真田信繁 戦国史上最高の伝説となった「日本一の兵」
五章 真田信之 松代一〇万石の礎を固めた藩祖
あとがき