『辞典語辞典』という本をご存じでしょうか。辞書にまつわるさまざまな言葉を辞書風に読み解いた本で、作りは辞書そのもの。辞書ファン垂涎の一冊です。この著者のお一人が、見坊行徳さんです。「辞書マニア」として、YouTube「辞書部屋チャンネル」などで、辞書の面白さを発信し続けています。そんな見坊さんに「辞書の楽しみ方」を伺いました。第1回は、「なぜ辞書マニアになったか」。3回にわたってお届けします。
見坊行徳(けんぼう・ゆきのり)さん
1985年、神奈川県生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。在学中に「早稲田大学辞書研究会」を発足させ、『早稲田大辞書』を編纂。2015年に鷗来堂に入社し、英語関係の書籍を中心に校閲を担当。『三省堂国語辞典』の初代編集主幹・見坊豪紀の孫であったことも手伝い、辞書に興味を持った。辞書仲間の稲川智樹さんとの共著に『辞典語辞典』がある。「辞書部屋」主宰。YouTube「辞書部屋チャンネル」(https://www.youtube.com/c/jishobeyaCH)で辞書の遊び方を配信中。
取材・文/角山祥道 写真/五十嵐美弥
まずは『辞典語辞典』の共著者であり、「辞書部屋チャンネル」でご一緒している稲川智樹さんとの出会いからお話ししましょう。「辞書好き」同士が顔を突きあわせ、お互いの辞書愛を確認し合ったということが、私を「辞書マニア」と名乗らせることになったきっかけなんです。
学生時代、留学していた時のことです。ネットで気になる人を見つけました。やたらと辞書にうるさいのです。発言を追っていくと、どうも自分と同じ早稲田大学の学生で、しかも同じキャンパスにいるらしい。帰国後、意を決して会いに行きました。
だいたい、世の中に「辞書の話題で何時間も話せる」人は、それほど多くありません。非常に珍しいといえるでしょう。稲川さんと私が、会ってすぐに意気投合したのは言うまでもありません。
ちょうどそのころ、出版社の辞書編集部を舞台にした映画『舟を編む』を大学の近くの名画座で上映していて、稲川さんと二人で観に行き、辞書への思いが高まりました。鑑賞後に気分も高揚し、高田馬場のサイゼリヤで深夜まで話し込み、終電を逃しました。家まで4時間かけて歩いたことも、今となっては良き思い出です。
2013年の夏に、「早稲田大学辞書研究会」を発足させました。年齢は違いましたが、二人とも同じ大学3年生でした。後輩たちも加わって、1年半をかけて編纂したのが、『早稲田大辞書』です。400部印刷し、学内の生協と高田馬場の書店で販売しました。
『早稲田大辞書』はキャンパス内で他の学生の言葉に聞き耳を立てたり、学内の看板の言葉を採集したり、フィールドワークの結果をもとに1100項目を立項しました。早大生だけが使っている言葉だけでなく、「いまの早大生も使っている」という観点で、いわゆる若者言葉も収集しています。噂では、国立国語研究所が資料として購入したとか、しないとか。
例えば、『早稲田大辞書』に収録した言葉に、【ワンチャン】があります。「ワンチャンス」の略ですが、2019年に刊行された『大辞林 第4版』に掲載されました。うちの辞書のほうが早かったんですね(笑)。
早大生しか使わない言葉でいえば、【馬場歩き】でしょう。これは「銀ぶら」のように高田馬場をぶらぶら歩く、という意味ではなく、早稲田大学のキャンパスからJR高田馬場駅まで、交通機関を使わずに徒歩で移動することを指します。
祖父(見坊豪紀)が、『三省堂国語辞典』の初代編集主幹だったこともあり、小さいころから辞書が好きだったんじゃないかとよく誤解されるのですが、そんなことはありません。祖父とは住んでいた家も違いましたし、私が7歳のときに亡くなっているので、辞書や言葉について、何か話を交わすこともありませんでした。今となっては残念ですが。
祖父との記憶として思い出があるのは、谷川俊太郎さんの『ことばあそびうた』という本です。「このこのこのこ どこのここのこ このこのこののこ たけのこきれぬ」という詩などがたくさん載っている本なのですが、祖父の前で朗読しました。子どもの時分から「言葉」には興味・関心があったのかもしれません。
小学校の中学年のころから、学校の授業で辞書を使い始めるのですが、私はもちろん、『三省堂国語辞典』を持って行きました。第四版でした。
授業では、『三省堂国語辞典』のことを「見坊くんのおじいさんの辞書」と紹介されたりして、とても誇らしく思いましたね。でもこの時は、将来「辞書マニア」を名乗って、辞書イベントを開催したり、YouTubeで辞書について発信したりするようになるとは、夢にも思っていませんでした。
2022-05-17
『辞典語辞典~辞書にまつわる言葉をイラストと豆知識でずっしりと読み解く』
定価:1600円(税別)
出版社:誠文堂新光社
生涯に一度は手にする国語辞典にまつわる言葉を五十音順に解説。誰でも知っている「辞典語」から解説文を読むまで辞書とのつながりがわからないものまで、682項目が立てられている。ジャパンナレッジも略称の「JK」と「ジャパンナレッジ」など複数の項目に登場。用例採集用のカードが付いた特別付録の小冊子「辞書編纂マニュアル」で辞書編集が体験できる。
内容
辞典語辞典で追い求めたもの
凡例 辞典語辞典の見方と楽しみ方
あ~わ行
コラム1 『新明解国語辞典』の作り方
コラム2 ますますデジタルになる辞書づくり
コラム3 辞典語辞典採収語…類別表
総索引
ことばのうみのことばのうみのおくがき