国語辞典を愛して「国語辞典の最高権威は『日本国語大辞典』である」と断言するサンキュータツオさん。そう断言する理由とは? サンキュータツオさんならではの『日国』の使い方とは? 最終回は、サンキュータツオさんが考える『日国』の未来像についてもお聞きします。
サンキュータツオさん
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。現在、一ツ橋大学、早稲田大学、成城大学で非常勤講師を務める。早稲田大学の落語研究会時代に先輩の居島一平(おりしま・いっぺい)と漫才コンビ「米粒写経(こめつぶしゃきょう)」を結成し今に至る。史上初の学者芸人。『広辞苑』の第七版では、サブカルチャー分野を担当した。著書に『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』、『ヘンな論文』(以上、角川文庫)、共著に『ボクたちのBL論』(河出文庫)などがある。
米粒写経 公式web http://kometsubu.com/
サンキュータツオ 公式ブログ http://39tatsuo.jugem.jp/
取材・文/角山祥道 写真/武藤奈緒美
国語辞典のいったい何がすごいのか。
振り返ってみてほしいのですが、みなさんはどこかのタイミングで、少なくとも一度は必ず、国語辞典を買っていますよね? つまり国語辞典は、人生の節目に必ず購入される本。まさに一大ベストセラーなのです。これってすごいことだと思いませんか?
通常はなんの気なしに「国語辞典」と一括りにしていますが、実は自動車と同じように「小型」「中型」「大型」に分かれています。収録語数で分類されていて、小型は8~9万語、中型が25万語、大型が50万語といったところです。たとえば、持ち運びもOKの『新明解国語辞典』(三省堂)や『新選国語辞典』(小学館)が小型、机上に置いて使う『広辞苑』(岩波書店)は中型です。では大型は? それが『日本国語大辞典』(小学館)です。「辞書の最高権威はどれか?」といったら、この辞書のことを指します。
『日本国語大辞典』――通称『日国』に出会ったのも大学院の1年目です。
大学の文学部の研究者にとって、『日国』というのはひとつのステイタスで、研究室の書架の下段には、必ず『日国』が並んでいたものです。
巻数や収録語数50万語という数字は、わかりやすく『日国』の比類なさを伝えていますが、本当のすごさは、中身を読むとわかります。
『日国』の特長は、用例と語義です。その言葉が、最初にどの文献に載っていて、どういう使われ方をして、どのような意味の変遷があって、いまはこういう意味に落ち着いている、ということが、たちどころにわかるのです。
私は、「渋谷らくご」(初心者でも楽しめる新しいスタイルの落語会。毎月第二金曜から5日間、東京・渋谷のユーロライブで開催:http://eurolive.jp/shibuya-rakugo/)のキュレーターもしていて、落語に関わりが深いのですが、こと古典落語は言葉のセレクトが難しい。
たとえば「社会」。『日国』の用例をみてみると、〈(1)人々の集まり。人々がより集まって共同生活をする形態〉の語釈では、『日本詩史』〔1771〕が最も古いことがわかります。一般的に使うことが多い、〈(2)一般的に、家庭や学校をとりまく世の中。世間〉では、『当世書生気質』〔1885~86〕が初出だとわかります。つまり、江戸を舞台にした古典落語で「社会」という言葉を使ってしまうと、観客は違和感を覚え、興ざめしてしまうのです。言葉ひとつで世界観が崩れてしまうといえます(あえて崩すという手法もありますが)。
このように「言葉の歴史」がすぐにわかってしまうのが、『日国』の素晴らしさなのです。テレビや雑誌で辞書を引用する際には、『広辞苑』でなく、押し並べて『日本国語大辞典』とすべきでしょう。
『日国』の初版(全20巻、約45万項目)は1972~1976年の刊行、第二版(全13巻+別巻、約50万項目)はそれから四半世紀後の2000~2002年刊行です。では2025年ごろ、第三版は出るのでしょうか? 個人的に思うのは、引き算は一切なしで、どんなに巻数が増えても気にせず、最高レベルのものを作るべきです。これはもう国家事業。国が動くべき案件だと思いますが、どうでしょうか。
なぜなら、これからますます、辞書の重要性が高まると考えるからです。
現代社会は「検索の時代」です。ところがネット上には、信頼度の低い情報も多数流れています。フェイクニュースが溢れ、人々は「信じたいもの」だけを信じようとしている。そんな中で情報の信頼性をどう担保するか。辞書や辞典の果たす役割は大きいのです。
ジャパンナレッジも、信頼性を担保する存在です。しかも「検索」を前提にしている。「検索の時代」にあって、ジャパンナレッジの可能性はさらに広がっていくかもしれませんね。
2019-10-28
定価:640円(税別)
出版社:KADOKAWA(角川文庫)
芸人ならではの切り口で、代表的な国語辞典を例にとりながら、語数、品詞、デザイン、歴史、用例、語釈などから辞書の魅力を多面的に紹介。あなたの知らないディープな辞書の魅力がここに!
目次
この本に登場する主な辞書
自分だけの一冊がわかる!? オススメ辞書占い
はじめに
第一章 広くて深い辞書の世界をナビゲート
1.国語辞典は、みんなちがう!
2.国語辞典のルーツ
3.辞書の中にもブランドがある
4.国語辞典は二冊持つ時代
5.なぜ、こんなに多様化したのか?
6.忘れちゃいけない文法問題
7.辞書のディテールを楽しむ
第二章 タツオセレクト! オススメ辞書ガイド
1.キャラクターで解説! 個性派辞書図鑑
2.まだまだある! 紹介したかった「国語辞典」たち
3.タツオオススメ「辞書関連本」
ことばのぬまのおくがき