この春『司書のお仕事~お探しの本は何ですか?』(勉誠出版)を刊行された大橋さん。意外に知らない司書のお仕事を小説で著したという画期的なものです。本がつくられたきっかけは? いちばん苦労したところは? 大橋さんと監修者の小曽川真貴さんにもお話をうかがいました。
1978年新潟県生まれ。作家、文芸評論家、東海学園大学人文学部准教授。
上智大学文学部国文学科、上智大学大学院文学研究科国文学専攻博士前期課程を経て、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻博士後期課程修了。博士(文学)。研究分野は「明治20年代における言文一致と作文教育、文化リテラシー」および「現代日本におけるライトノベル、アニメーション、マンガ」。小説の著書に『レムリアの女神』(未知谷)、『妹がスーパー戦隊に就職しました』(PHP研究所)など。評論の著書に『ライトノベルから見た少女/少年小説史』(笠間書院)などがある。
1976年愛知県生まれ。愛知県内公共図書館勤務。日本図書館協会認定司書。青山学院大学大学院文学研究科日本文学・日本語専攻博士前期課程修了。
取材・文/ジャパンナレッジ編集部
──『司書のお仕事』でジャパンナレッジについても取り上げていただき、ありがとうございます。まず、この本をつくられたきっかけを教えてください。
大橋 大学では、近代文学、サブカルチャー関係を教えているんですが、1年生を対象とした「基礎演習」というゼミ形式の初年次教育の授業も担当していて、毎年3~4人くらい司書課程を希望する学生が入ってくるんです。その学生たちに「司書ってどんな仕事するか知ってる?」って聞くと、ほとんどの学生がカウンター業務とかレファレンスの仕事しか答えられないんですね。だから司書の仕事の全体像がわかる本がほしいな、という思いがありました。
──小説で出そうと思われたのはなぜですか?
大橋 想定していた読者は、将来司書を目指している、また司書という仕事に興味がある中高生や大学1年生です。その年代に気軽に手に取ってもらうには、やはり小説しかないな、と思いました。インタビュー形式の本や概説書では司書に関する本が数多く出版されていますが、学生たちには手にしづらいかもしれません。初年次教育の授業でビブリオバトル(注1)をするのですが、小説以外の本を取り上げる学生はそんなにおらず、どうしてもこの年代が手に取る本といえばまず小説になります。それなら自分で書いてしまえ、と。小説で司書の仕事を紹介する本はどうかと、勉誠出版さんに企画を持っていきました。「ライブラリーぶっくす」という図書館学の書籍シリーズがありましたので。
──「自分で書いてしまえ!」という発想がかっこいいですね。大橋さんは大学の准教授、そして文芸評論家をされている傍ら、ライトノベル作家でもあるんですよね。
大橋 2007年に設立者の久米依子先生(日本大学教授)にお声をかけていただき、ライトノベル研究会(注2)に入会しました。あるとき、これは研究するだけじゃなくて、自分でも書いてみたほうが面白いし、ライトノベルのこともよくわかるのではないかと思い立ちまして、ホビージャパンさんのHJ文庫の賞に応募したんですね。最終選考まで残ったものの落ちてしまったんですが、ほかの出版社で機会をいただいて、『妹がスーパー戦隊に就職しました』(スマッシュ文庫、PHP研究所)で作家としてデビューすることができました。2012年のことです。
──監修者の小曽川さんとは以前からお知り合いだったそうですね。
小曽川 私もライトノベルが大好きで、ツイッターで大橋さんを以前からフォローしていたんです。ヤングアダルトがテーマの図書館イベントを開催したいという図書館が近くにあって、講師の先生を紹介してほしいと先輩に頼んだら、なんと大橋さんを紹介していただいたんです。
大橋 じつは私の大学院時代に同じ施設で研究員をされていた方が、小曽川さんの大学院時代の先輩というつながりがあったんですね。
──司書のお仕事といえども、広範囲にわたります。章立てはどのように決められたのですか?
大橋 読者として想定している大学1年生が、司書になるのは早くてもこれから5年後になります。5年後の図書館にはどんなことが求められるのかということを意識して、文部科学省の「図書館の振興」のページに掲載されている各種答申をも参考にしながら章立てしました。
1章の「NDC分類の悪戯」では分類と目録の作成について取り上げました。そして、それに関連してこれから司書の大きな仕事になるであろう、古典籍の調査にも関連付けました。2章「謎解きは選書の前に」は選書をテーマにしました。YA(ヤングアダルト)と図書館イベントのスカベンジャーハント(注3)を織り交ぜながら、この章は楽しく読み進めてもらうようにストーリーを重視しています。3章「初恋レファレンス」のテーマは公共図書館と学校図書館との連携です。2020年度に小学校から本格的に実施が始まる新学習指導要領に沿った国語教育では、読書指導がいままでの学校教育に比べてとても重要視されています。その中で学校図書館と地域の図書館の連携がいままで以上に強くなると思われるので、このテーマを選びました。
──小曽川さんは監修を担当されたうえ、コラムも執筆されていますね。ふだん本に囲まれたお仕事をされていますが、実際本をつくってみていかがでしたか?
小曽川 きちんとデザインされたゲラに自分の原稿が入っているのを見ると、なんかどうしようって(笑)。自分の文章の拙さもあって、これだけ立派なものをつくってもらっていいものか、と正直思いました。
大橋 いやいや、小曽川さん、コラムは好評ですよ!
──ほかに驚かれたことはありますか?
小曽川 当たり前といえば当たり前なんですが、本当に本ってこんなに何度も何度も書き直すんだ、とびっくりしました。
──いちばん苦労されたところはどこでしょう?
大橋 知識を読者に伝えることと、ストーリーとして楽しんでいただくことを両立させるのに苦労しました。日常ミステリー系の小説というところを重視すると、読むときに知識がなかなか頭に入ってこなくなります。一方で小説という形式上、読者には楽しんで読み進めてもらわなくちゃならない。そこで楽しみながら知識も得られる、というバランスが重要になると思いました。2章はほかの章よりも、ストーリーのほうを重視して書いています。
小曽川 私は「おわりに」を書くのがいちばんしんどかったですね。長いバージョンと短いバージョンと2通り書いたんですが、最終的に短いバージョンにしました。
──それはかなりのプレッシャーですよね。まえがきやあとがきを読んでから本を買うって人、いますからね。
小曽川 どう締めくくろうかというプレッシャーもありました。かっこいい終わり方がいいのか、親しみやすいほうがいいのか、迷いました。
またコラムで印象深いのは、1章で取り上げた「NDC分類」。私は分類マニアなので、じつはNDCがすごく好きなんです。専門的過ぎたらどうしよう、果たして普通の人はこのコラムを読んで楽しいのかなと思って不安でしたね(笑)。
大橋 確かに1章は結末もマニアックすぎるんですよね(笑)。
(注1)谷口忠大・現立命館大学情報理工学部教授が、2007年、京都大学大学院在学中に考案した読書会の方法。参加者どうしで本を紹介しあい、「どの本がいちばん読みたくなったか?」という視点による投票で「チャンプ本」を決定する。2010年以降は全国大学ビブリオバトルも開催されており、大学の初年次教育をはじめ、高等学校、中学校などにも広がりを見せている。
(注2)2000年代半ばのライトノベルブームの直後から、大学の卒業論文でライトノベルを扱いたいという学生が非常に多くなったが、日本近代文学の世界ではライトノベルの研究の蓄積というものがなかった。そこでライトノベルやサブカルチャーを論じるのに必要な知識を得られる教科書を作りたいという趣旨に基づき、2006年、一柳廣孝横浜国立大学教授と久米依子目白大学教授(現・日本大学教授)によって設立された。
(注3)「がらくた集め」を意味する、欧米発祥の宝探しゲームの一種。図書館で開催する場合、図書館内のあらゆるところに図書館に関するクイズを掲示して、最も多く正解したグループが優勝するというイベント。
2018-08-06
定価:1800円(税別)
出版社:勉誠出版
大学の司書課程を新たに受講する人は、毎年1万人ほどいると言われている。しかし、そこで使われている教科書の内容や授業で講義されていることは非常に専門的なものが多く実際に司書がどのような仕事をおこなっているのか、なかなか想像するのは難しいのではないか……。
本書では、実際に司書として働いている方を監修に迎え、各地の図書館司書の方々からも話を聞きながら、司書課程で勉強したいと思っている高校生、大学生、社会人や、司書という仕事に興味を持っている方に向けて、司書の仕事をストーリー形式でわかりやすく伝える1冊。
目次
はじめに
第1章 NDC分類の悪戯
コラム◎NDC分類
コラム◎図書館員と司書
コラム◎司書のお仕事
第2章 謎解きは選書の前に
コラム◎YA(ヤングアダルト)書籍
コラム◎図書館のイベント企画
第3章 初恋レファレンス
コラム◎レファレンス・サービス
コラム◎学校図書館と公共図書館
おわりに