新潮社の校閲部は、2008年からジャパンナレッジを導入しています。校閲部次長の石川芳立さんは、「校閲の仕事に、ジャパンナレッジは欠かせない」と言います。いったい校閲とはどんな仕事なのでしょうか。3回に分けてうかがいます。
現在、新潮社の校閲部では、私を含め、50人以上の部員が働いています。新潮社が世に出す書籍や文庫、雑誌には、必ず校閲者のチェックが入っています。
1962年生まれ。大学を卒業後、時事通信社の校閲部を経て、30歳で新潮社の校閲部へ。社会人になって以来、一貫して校閲畑を歩んでいる。雑誌『芸術新潮』、『週刊新潮』、書籍の担当を経て、現在は校閲部次長。主な担当書籍は、『ドナルド・キーン著作集(全16巻)』、横山秀夫『看守眼』、大江健三郎/尾崎真理子『大江健三郎 作家自身を語る』、村山由佳『嘘 Love Lies』、インターネットの掲示板から生まれた中野独人『電車男』など。
取材・文/角山祥道 写真/五十嵐美弥
今は、インターネットからあらゆる情報を入手できる時代ですが、紙媒体と違って、インターネット情報は「必ずしも内容が校閲されているとは限らない」のです。たとえば、ウィキペディアは便利なインターネット上の百科事典で、なかには専門家が書いたとおぼしい記事も見受けますが、あそこに書き込まれている情報には校閲者の目が通っておらず、記述の中に誤りが含まれている可能性が高いんです。手がかりにはなりますが、私たちが根拠として使うわけにはいきません。
先日、読者から「作品の本文中に『行き詰まる』という意味で『煮詰まる』を使っているが、間違いではないか」というご指摘をいただきました。本来はこの方のおっしゃる通り「議論が整理されて結論が見える」という意味なんですが、一概に誤りだと決めつけられないのが日本語ですので、根拠のある説明をしなければなりません。
そこでジャパンナレッジで検索すると、《問題や状態などが行きづまってどうにもならなくなる》(「日本国語大辞典」)という解説が併記されており、1950年からこの意味で使われていたことが用例でも確認できたので、裏付けのある説明ができました。同様に「憮然」「失笑」「確信犯」など、本来の意味からズレた使われ方をする語も増えているので、どこまでさかのぼるか、著者に指摘するかどうかは悩むところです。
では具体的に、「校閲」とはどんな仕事なのでしょうか。
著作物には、必ず「著者」がいます。その著者が書いた原稿と、それを印刷所で仮組みしたゲラとを引き合わせて誤植、誤字、脱字、原稿指定などをチェックするまでが「校正」です。以前はすべて手書き原稿で、それを職工さんが鉛の活字で組んでいたために「誤植」が起きましたが、現在は原稿のほとんどがパソコンで書かれるため「誤植」はなくなり、タイプミスや変換ミスのチェックがそれに代わりました。手書き原稿の校正は楽しいので、ちょっと寂しいですね。
《【校正】1 文字・文章を比べ合わせ、誤りを正すこと。校合(きょうごう)。2 印刷物の仮刷りと原稿を照合し、誤植や体裁の誤りを正すこと。》(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)
私たち校閲者の仕事では、基本的なケアレスミスを防ぐ「校正」が最も重要です。読者にとっては出来上がった本がすべてであり、過程は見えませんから、「完全にできて当然」と思われる。校閲者はそういうポジションにいます。刊行後に、たとえば変換ミスが残っていたら、意味が変わってしまって読者が誤解しかねませんし、著者にも申し訳が立ちません。ただ、時には「校閲は何をやってるんだ!」と編集者に叱られ、青くなって確認すると、そこは著者が疑問を却下したところだったり、指摘した人の思い込みだったりすることもあります。
また、校閲者は「校正」とともに、「校閲」をします。
《【校閲】文書や原稿などの誤りや不備な点を調べ、検討し、訂正したり校正したりすること。》(同前)
たとえば歴史小説やノンフィクションならば、固有名詞や年号など、史実と齟齬がないか。ミステリー小説ならば、人物の行動の時系列が合っているか。登場人物の多い小説では、人物の特徴や年齢の一覧表、行動表や年表をパソコンで作成しながら読んでいきます。なので、断片的な読み方になってしまいがちです。
ただし、所詮は付け焼刃の一校閲者にすぎない自分が著者に物を申すわけですから、慎重さが求められます。こちらの指摘によって小説のストーリーに響くこともありますし、漢字の使い方や表現なども型どおりに決めつけられない幅がありますので、思い込みから離れ、謙虚に複数の辞書や資料に当たるようにしています。
話が脱線しますが、小説家の横山秀夫さんの作品を担当した時のことです。『看守眼』というミステリー短篇集の校了後に、「横山先生からプレゼントよ」と編集者から渡されたのは、私の出した疑問で、先生が面白いと思った箇所にコメントをつけ、落款を押した初校ゲラでした。校閲者冥利に尽きますが、横山先生のこまやかな心配りに痛み入りました。
2018-03-26
出版社:新潮社
18歳で『源氏物語』に出会って以来、80年近くにわたり日本文学を研究し世界に紹介してきたコロンビア大学名誉教授、ドナルド・キーン氏。日本への永住を決意した東日本大震災の年、2011年12月から刊行を開始した氏の文業の集大成となる著作集。
「校閲担当者のおすすめは、キーン先生が日本に惹かれた理由や、軍隊での体験、学者としての遍歴などを率直に書かれた第十巻『自叙伝 決定版』と、第十二~十四巻『明治天皇』です。今年は明治150年だそうですが、明治日本がどのように国家体制を形成していくかが見えてきます」(石川さん)
第一巻「日本の文学」
吉田健一、篠田一士、大庭みな子、平野勇夫/訳 3,888円(税込)
第二巻「百代の過客」 金関寿夫/訳 3,240円(税込)
第三巻「続 百代の過客」 金関寿夫/訳 3,888円(税込)
第四巻「思い出の作家たち」 4,104円(税込)
第五巻「日本人の戦争」 松宮史朗、角地幸男/訳 4,104円(税込)
第六巻「能・文楽・歌舞伎」 3,240円(税込)
第七巻「足利義政と銀閣寺」 角地幸男/訳、他 3,240円(税込)
第八巻「碧い眼の太郎冠者」 足立康/訳、他 4,104円(税込)
第九巻「世界のなかの日本文化」 司馬遼太郎、安部公房/著 3,888円(税込)
第十巻「自叙伝 決定版」 3,456円(税込)
第十一巻「日本人の西洋発見」 3,672円(税込)
第十二巻「明治天皇〔上〕」 角地幸男/訳 3,240円(税込)
第十三巻「明治天皇〔中〕」 角地幸男/訳 3,240円(税込)
第十四巻「明治天皇〔下〕」 角地幸男/訳 3,240円(税込)
第十五巻「正岡子規・石川啄木」 今夏刊行予定
別巻「補遺・書誌・年譜 他」 刊行日未定