国語辞典の研究者&紹介者としても知られるサンキュータツオさん。2013年上梓の『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』は文庫化され、ロングセラーとなっています。また2018年に改版された『広辞苑』第七版ではサブカルチャー分野で執筆を担当。まさに“国語辞典のプロ”といえるサンキュータツオさん。国語辞典にはまったきっかけとは? 国語辞典を楽しむポイントとは? 第2回は国語辞典のあれこれについてうかがいます。
サンキュータツオさん
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。現在、一ツ橋大学、早稲田大学、成城大学で非常勤講師を務める。早稲田大学の落語研究会時代に先輩の居島一平(おりしま・いっぺい)と漫才コンビ「米粒写経(こめつぶしゃきょう)」を結成し今に至る。史上初の学者芸人。『広辞苑』の第七版では、サブカルチャー分野を担当した。著書に『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』、『ヘンな論文』(以上、角川文庫)、共著に『ボクたちのBL論』(河出文庫)などがある。
米粒写経 公式web http://kometsubu.com/
サンキュータツオ 公式ブログ http://39tatsuo.jugem.jp/
取材・文/角山祥道 写真/武藤奈緒美
国語辞典に「出会った」と言えるのは、早稲田大学の大学院に入った頃です。
日本語日本文化専攻に進んだのですが、その時についた指導教授が、『集英社国語辞典』編者、『日本語 語感の辞典』(岩波書店)著者の中村明先生でした。1年間のゼミのテーマが「1年かけて国語辞典を研究する」。たとえば、「辞典の収録語彙を5冊以上の辞典で比較せよ」という課題が出されるのです。
最初は、国語辞典というテーマで1年ももつのか半信半疑だったのですが、やってみると奥が深い! 国語辞典によって、収録されている語が異なる、というのも驚きでしたし、国語辞典を比較する際、語釈だけでなく、備考欄やイラストも比較対象になるというのは発見でした。
すっかり「国語辞典を読む」楽しさに魅了されてしまい、神田の古本街を回っては気になる国語辞典を買い集めました。当時は50円で手に入ったのです。現在は家に230冊ほどありますが、数を誇るつもりはありません。上には上がいますし、コレクターってどうしても「マッチョ主義」に陥ってしまうんですよね。量を誇るといいますか……。ここは気をつけたいところです。
では国語辞典のどこが面白いのか。
読み比べてもらえばわかりますが、「国語辞典は編集者や出版社によって編集方針が違う!」というのが、そもそも面白いんです。
たとえばわかりやすい例を挙げると、「巨乳」や「貧乳」という言葉がありますよね? 『日本国語大辞典』(小学館)は約50万語を収録する日本最大の国語辞典ですが、「巨乳」も「貧乳」も載っていません。みなさんがよく知っている『広辞苑』(岩波書店/約25万語収録)は2018年1月に新しい第七版が刊行されましたが、やはり「巨乳」も「貧乳」も載っていません。ところが、北原保雄先生が手がけた『明鏡国語辞典』第二版(大修館書店)は、どちらもしっかりと載せているのです。その背景には、普通の人たちが使っている言葉や、雑誌を読んでいると出てくるようなスラングに近い言葉も掲載しよう、という編集方針があるからです。
実は私も、『広辞苑』第七版に執筆者として参加しました。以前、『日本語 文章・文体・表現事典』(朝倉書店)で落語や講談、浪曲の執筆を担当し、非常に苦労した経験があります。「これまでの辞書はどう表現したか」とか、それぞれの項目の歴史を調べることになり、想像以上に時間がかかりました。その経験があって躊躇しましたが、漫画やアニメ、ゲームや特撮などのサブカルチャーの分野を担当してくれ、と依頼していただき、なるほど、その方面に明るくて、かつ辞書の経験がある……となると「なるほど、私もアリかもしれない」と妙に納得しました。私以上にポップカルチャーに精通した人間はたくさんいますし、辞書の先達も多いのですが、その両方に軸足をおいているとなると、ほかに見つからなかったのでしょう。へんな言い方ですが「編集者はよく探し当てたな、発想が柔軟だな」と思いました。好奇心に任せて、さまざまなジャンルに首を突っ込んできた経験がここで役に立ちました。
「国語辞典を読んでみようかな」と思った方には、今手元にある辞書と、『基礎日本語辞典』(角川書店)を読み比べてみることをおすすめします。この辞典は、「国語辞典に載っていても、あえては引かないかもしれない日常的すぎることば(基礎語)の意味」を教えてくれます。位置関係や時間の経過など、言葉の図解もわかりやすくかつ面白い。日本語の本質的意味に迫ろうとしている一冊でしょう。まさに「読んで面白い辞書」ですね。
2019-10-21
定価:640円(税別)
出版社:KADOKAWA(角川文庫)
芸人ならではの切り口で、代表的な国語辞典を例にとりながら、語数、品詞、デザイン、歴史、用例、語釈などから辞書の魅力を多面的に紹介。あなたの知らないディープな辞書の魅力がここに!
目次
この本に登場する主な辞書
自分だけの一冊がわかる!? オススメ辞書占い
はじめに
第一章 広くて深い辞書の世界をナビゲート
1.国語辞典は、みんなちがう!
2.国語辞典のルーツ
3.辞書の中にもブランドがある
4.国語辞典は二冊持つ時代
5.なぜ、こんなに多様化したのか?
6.忘れちゃいけない文法問題
7.辞書のディテールを楽しむ
第二章 タツオセレクト! オススメ辞書ガイド
1.キャラクターで解説! 個性派辞書図鑑
2.まだまだある! 紹介したかった「国語辞典」たち
3.タツオオススメ「辞書関連本」
ことばのぬまのおくがき