テレビ番組や映画の制作を支える“リサーチャー”という仕事。今でこそ、スタッフロールにクレジットされますが、それほど世間に知られている職業ではありません。喜多あおいさんはどうして、“リサーチャー”という仕事を選ばれたのでしょうか。3回目は、喜多さんがこの仕事についたきっかけをお聞きします。
1964年兵庫県生まれ。リサーチャー。株式会社ズノー執行役員。同社「辞書と事典の資料室」室長。同志社大学文学部卒業後、出版社、新聞社、作家秘書などを経て、1994年よりテレビ番組のリサーチャー。手がけた番組は『行列のできる法律相談所』『ガッテン!』『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』など多数。「放送ウーマン賞2014」を受賞。著書に『必要な情報を手に入れるプロのコツ』(祥伝社黄金文庫)『勝てる「資料」をスピーディーに作るたった1つの原則』(マイナビ新書)『プロフェッショナルの情報術』(祥伝社)。
取材・文/角山祥道 写真/五十嵐美弥
過去を思い返すと、「調べること」が好きな子どもでした。
大きなきっかけは「長嶋茂雄」です。ご存じ、ミスタープロ野球。忘れもしない小学3年生の時、私は長嶋選手の大ファンになったのです。今でいう「追っかけ」です。
当時、わが家は三つの新聞を定期購読していました。全国紙の朝日新聞、地元の神戸新聞、そしてスポーツ紙の報知新聞(現、題号『スポーツ報知』)です。私は毎日、長嶋選手の新聞記事をチェックしました。すると、試合結果は同じであるはずなのに、記事のトーンが三者三様で異なるのです。書き手によって伝える情報の中身が違うんだということを初めて知りました。
母は、子どもに対して頓着せず難しい言葉を遣う人でした。たとえば叱る時に「何をか言わんや」と言ったり、熟語を用いることも多く、最初に耳にした時は、はてなマークが浮かぶばかり。わからないので「その言葉、どんな意味?」と聞くと、教えてくれる代わりに「辞書を引きなさい」と、しかも小学生用の辞書ではなく、一般用の辞書を渡して言うのです。
だから必死で辞書を引きました。すると自然に、難しい言葉を覚えていきます。学校で友だちと話す時でも、そうやって覚えた難しい言葉がつい口を突いて出ます。「何それ?」と言われるので、かみ砕いてわかりやすく説明します。すると友だちは、とても喜んでくれます。そう、私はこの時、①調べる、②理解する、③伝える、というリサーチャーの仕事を、実はやっていたんですね。そしてそのことに喜びを見出していたのです。
子ども時代の経験は、私に二つのことを教えてくれました。
一つは、情報収集のスキルをアップさせる近道は、「何かを好きになること」だということです。それはスポーツでもいいし、アイドルでもいい。「もっと知りたい!」(=情報を網羅したい)という気持ちが、情報収集のスキルを高めていたのです。
もう一つは、「辞書を引く」楽しさです。辞書の中にたくさんの情報が詰まっていることを、この時知りました。「見出し語」が、知識の海へといざなってくれるのです。「見出し語」は、「索引」でもあります。そんなわけで「索引」も大好きです。書籍の中には、索引が付いているものもありますが、それを見つけると嬉しくなるのです。そして、気になった索引語を引きまくります。
大学は文学部だったのですが、卒論を書かねばなりません。この時、大好きだった水上勉を取り上げたのですが、ただの作家論では面白くない。そこで、実際に起きた金閣放火事件(1950年)を扱った小説『金閣炎上』と、三島由紀夫の『金閣寺』を比較検討することにしました。私はそのために、京都府立総合資料館(現、京都府立京都学・歴彩館)に通い、当時の事件を徹底的に調べました。まず事実を把握して、それを作家がどう描いたかを比較しようと考えたのです。
この「調べる」という行為が、とても楽しかったのです。これを職業にできないか。そう考えたことが、今のリサーチャーという仕事についたきっかけになっています。
さてリサーチャーとして駆け出しのころ。『驚きももの木20世紀』(テレビ朝日系)という情報ドキュメンタリー番組を担当しました。20世紀の出来事や人物にスポットを当てて掘り下げる番組です。
するとその番組で「金閣放火事件」を取り上げるというのです。この仕事のために、卒論で準備していたのかと思うくらいでした。望外なことに調べ直しの機会が与えられたのです。関係者に会ったり、裁判記録に目を通したりと、学生の時には不可能だったこともでき、深い調査となりました。
「リサーチャーこそ天職だ」と思えた得難い体験でした。
2018-12-17
定価:690円(税別)
出版社:祥伝社
テレビの現場で培った「調べる」コツをリサーチャーの先駆者が解き明かす! 正しい情報を得るために役立つ一冊。
目次
プロローグ テレビ番組リサーチャーの仕事とは?
1章 脳内に「情報地図」を描く
集める前に「居場所」を作り、戦略を練る
2章 プロのネタ取りは五つのソースで!
書籍、新聞、雑誌、インターネット、対人取材で「網羅」→「分類」
3章 集めた資料を「情報」に変える
相手に伝わる「報告書」と、必勝「プレゼン」術
4章 仕事の質を上げる!情報に強くなる習慣術
あなたの情報力はたった一分の会話でわかる
エピローグ 情報は生きている