改訂新版 世界大百科事典のサンプルページ一覧

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近世説美少年録(日本古典文学全集・世界大百科事典・日本大百科全書)
読本。曲亭馬琴作。国貞・北渓画。第1輯1828年(文政11),第2輯1829年(文政12),第3輯1832年(天保3),第4輯1834年(天保5)刊。一時中断の後,続編は《新局玉石童子訓》と改題し,失明後の馬琴の口授編纂にかかり,1845-48年
菅原道真(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
平安時代中期の学者,政治家。菅原是善(これよし)の三男。菅原氏からは代々有名な学者が出たが,道真も11歳で詩を作り,父を驚かせたという。文章(もんじよう)得業生を経て872年(貞観14)に渤海使の接伴員となり,その詩才を賞された。877年(元慶1)
二・二六事件(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1936年2月26日に起こった皇道派青年将校によるクーデタ。満州事変開始前後から対英米協調・現状維持的勢力と,ワシントン体制の打破をめざし国家の改造ないし革新をはかる勢力との抗争が発展し,さらに後者の最大の担い手である陸軍内部に,国家改造にあたって
藤原秀衡(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
平安末期の東北地方の武将。父は藤原基衡。1170年(嘉応2)5月25日鎮守府将軍,従五位下となり,81年(養和1)8月25日陸奥守,従五位上となる。83年(寿永2)にも鎮守府将軍だった。陸奥守との兼官かと思われる。奥州藤原氏の3代目として,奥羽一円に
伴天連追放令(世界大百科事典)
キリシタン宣教師の国外追放を規定した法令のこと。(1)1587年(天正15)豊臣秀吉が九州平定後,筑前筥崎(はこざき)で発令した6月19日付け〈定〉5ヵ条。要旨は,日本は神国・仏教国であり,邪法キリスト教が説かれることは不適当であるから,宣教師は
大友宗麟(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
戦国期に豊後を本拠とした大名。義鑑(よしあき)の子。実名は義鎮(よししげ),入道して三非斎,府蘭,円斎,宗滴と号す。キリシタン大名と呼ばれるが受洗は隠居後。受洗名フランシスコ。1582年(天正10)大村氏,有馬氏とともに天正少年使節団を派遣したと
江華島事件(国史大辞典・世界大百科事典)
1875年に起きた日本と朝鮮の武力衝突事件で,雲揚号事件ともいう。事件は,9月20日に日本の軍艦雲揚号(約250トン)が朝鮮の江華水域に入ったとき,江華島の草芝鎮から砲撃を受けたことによって起きた。日本側はこれに応戦して同鎮に損害を与えるとともに
岩倉使節団(日本大百科全書・世界大百科事典)
1871-73年(明治4-6),特命全権大使岩倉具視を中心とした米欧回覧の使節団。その目的は,(1)幕末に条約を結んだ国への新政府による国書の奉呈,(2)上記条約改正への予備交渉,(3)米欧各国の近代的制度・文物の調査・研究であったが,(2)の問題で
古事記伝(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
本居宣長の古事記注釈書。44巻。付巻1。1790-1822年(寛政2-文政5)刊。1764年(明和1)に起稿し,35年の歳月をついやして98年(寛政10)に脱稿した宣長畢生(ひつせい)の大著である。〈総論〉(巻一),序文の注釈と神統譜(巻二)
飛鳥美術(日本大百科全書・世界大百科事典)
飛鳥美術の時代区分については学説が分かれているが,その上限は等しく仏教伝来の時点とする。下限は644年(皇極3)または645年(大化1)とする説が大勢を占めていたが,美術史の時代区分は政治的・社会的変革によるのではなく,美術作品の様式的な変化に
寺院建築(国史大辞典・世界大百科事典)
仏教のための建築群で,本来は僧尼の組織を伴う。仏教がインドで成立した当初は,仏陀を中心とした僧団の住舎に大衆集会の広場をもち,サンガーラーマsaṃghārāma(僧園,衆園(しゆおん)),アーラニヤāraṇya(寂静処)などと呼ばれた。後,仏陀の墓を
神社建築(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
神社建築の起源神社の中心施設である本殿はさまざまの形式に分類されるが,ほぼ全体に共通する特色として,屋根を寄棟造にしないこと,瓦や土壁を用いないこと,床を高く張ること,の3点が挙げられる。もちろん例外もあるが,多くの神社でこの原則は古代から近世まで
ライチョウ(日本大百科全書・世界大百科事典)
キジ目ライチョウ科の鳥。ユーラシア大陸,北アメリカ北部,本州中部の山岳地帯などに広く分布し,25亜種に分けられる。日本に生息するライチョウL.m.japonicusは,国の特別天然記念物に指定されており,飛驒・赤石山脈と,新潟県の火打山,焼山などの
日中戦争(世界大百科事典)
1937年(昭和12)から45年までおもに中国大陸で戦われた日本と中国との全面戦争で,太平洋戦争が起こるとその一環となった。その結果,明治以来の日本の植民地帝国が崩壊したばかりでなく,東アジアの情勢も大きな変革をとげた。前史日本は1931年以来武力に
阪神・淡路大震災(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1995年1月17日,明石海峡の淡路島寄りを震源(震源の深さ約18km)とするマグニチュードM7.2の地震(兵庫県南部地震)による災害。死者・行方不明6427人,負傷者4万人以上,住宅全半壊20万戸以上,住宅全焼7000戸以上にのぼる。高速道路をはじめ道路や鉄道などの交通網
梶原景時(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉初期の武将。相模国鎌倉郡梶原の住人。父は景清とも景長ともいう。1180年(治承4)石橋山の戦で平家方ながら源頼朝を救う。翌年頼朝に近仕するようになり侍所所司となる。また83年(寿永2)平広常を謀殺する功を立てた。84年(元暦1)源義経らとともに
源義仲(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安末期の武将。源為義の次男義賢(よしかた)の次男。母は遊女。通称〈木曾冠者〉。生誕の翌年父が甥の源義平と武蔵で戦って殺され,以後義仲の乳母の夫信濃の中原兼遠のもとで養育された。1180年(治承4)9月,以仁王(もちひとおう)の令旨(りようじ)を受け
源頼家(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
鎌倉幕府第2代将軍。源頼朝の長子。母は北条政子。1199年(正治1)父の死後17歳で家督を継ぎ,1202年(建仁2)征夷大将軍。北条氏のはからいで有力御家人13人による合議制がしかれたため独裁することができず,また03年には66ヵ国地頭職および
北条義時(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉幕府第2代執権。時政の子。江間(小)四郎と称す。1180年(治承4)源頼朝が平氏打倒の兵を挙げると,父とともにこれを助け,相模の石橋山の戦などに加わった。84年(元暦1)から85年(文治1)源範頼(のりより)に従い平氏討伐のため西国に出陣,豊後国
天之御中主神(日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
王権を基礎づける神話として《古事記》神話が編成された時,その冒頭に置かれて神々の世界を統括した宇宙最高神。中国では東方世界の主宰神として天皇大帝があった。この神は天の中心にあって不動の北極星を神格化した神である。アメノミナカヌシノカミはこの天皇大帝の
徳川実紀(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
江戸時代の史書。江戸幕府編纂。516冊(本編447冊,付録68冊,成書例・総目録・引用書目1冊)。大学頭林述斎を総裁とし,成島司直(もとなお)を主任格に20名余の編纂員で撰述し,1809年(文化6)起稿,43年(天保14)に完成。正本献上につづいて
読史余論(日本大百科全書・世界大百科事典)
摂関政治の開始から徳川家康制覇に至る政権の変遷経過を論じた史書。新井白石著。3巻。858年(天安2)藤原良房が清和天皇の摂政となったのを〈本朝天下の大勢〉の第一変とし,1336年(延元1・建武3)南北朝分立による〈武家の代〉確立に至る間に九変を画して
本朝通鑑(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
神代から1611年(慶長16)に至る間の漢文による編年体の史書。林羅山・林鵞峰著。310巻。前編(神代)3巻,正編(神武~宇多)40巻,続編(醍醐~後陽成)230巻,提要30巻,付録(神祇,皇運,朝職(上下),武職)5巻,目録1巻,引用書目1巻
信長公記(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
太田牛一が〈日記〉に基づいて記録した織田信長の軍記。16巻16冊。1568年(永禄11)信長上洛以前の行動を記述した首巻1巻と上洛以後の行動を記録した15巻とから成る。15巻の部分には慣例上《原本信長記》と称される写本があり,良質の史料とされてきたが
吾妻鏡(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
東鑑とも書く。鎌倉幕府が編纂した幕府の歴史書。巻数未詳。後世52巻と訛伝。編年体で,各将軍ごとにまとめられる。13世紀末~14世紀初頭の編纂。ただし完成したかどうか不明。1180年(治承4)以仁王・源頼政の挙兵に起筆し,1266年(文永3)6代将軍
徳川氏(日本大百科全書・世界大百科事典)
中・近世の武家。三河・常陸・因幡国の徳川氏があるが,江戸幕府の征夷大将軍家となった三河徳川氏が著名。三河徳川氏は清和源氏新田義重の子四郎義季にはじまるという。義季は上野国新田郡世良田郷徳河(現群馬県太田市,旧尾島町)を分与され,徳川(また得川)を称し
平賀源内(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
江戸中期の博物学者,戯作者,浄瑠璃作者。名は国倫(くにとも),号は鳩渓,風来山人,福内鬼外(ふくうちきがい),天竺(てんじく)浪人など。高松藩の足軽の子。薬園掛に取り立てられ,1752年(宝暦2)長崎に留学。56年に江戸に出て田村藍水について本草学を
東京駅(日本大百科全書・世界大百科事典)
東海道本線をはじめ中央,東北,総武各本線の起点駅となっているJRの代表駅。発着する列車,電車の本数は1日約2500本(うち新幹線約220本,在来線特急・急行約100本,中距離電車約600本,山手線など約1600本)と世界でも例をみない大規模な駅で
東京タワー(日本大百科全書・世界大百科事典)
東京都港区芝公園内にある電波塔。テレビ放送の多局化を前に東京地区のテレビ塔を一本化するため1958年に建設された。設計は内藤多仲。高さ333mで,150mと250mの展望台より関東平野が一望される。当初はNHK新設2局が利用したが,現在は東京の
日露戦争(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1904-05年(明治37-38)に日本とロシア両国が朝鮮(大韓帝国),満州(現,中国東北部)に対する支配をめぐって戦った戦争。両国の背後には,英米,仏独など諸列強の帝国主義的利害の対立があったため,戦費の調達や講和などに各国の利害や思惑がからみ
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