日本大百科全書(ニッポニカ)のサンプルページ一覧

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廃藩置県(日本大百科全書・世界大百科事典)
1871年(明治4)7月、全国の藩を廃して県を置き、中央集権的統一国家を樹立した政治変革。版籍奉還(はんせきほうかん)後、政府は中央集権化政策を積極的に推進したが、とくに1870年秋から1871年春にかけては、岩倉具視(ともみ)の「建国策」に示される
三条実美(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
幕末・明治前期の公卿(くぎょう)、太政(だじょう)大臣、政治家。幼名福麿。天保(てんぽう)8年2月7日、三条実万(さねつむ)の第4子として生まれる。家格は五摂家(ごせっけ)に次ぐ九清華(きゅうせいが)の一家。1854年(安政1)従(じゅ)五位上に叙せ
江藤新平(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
幕末・維新期の政治家。佐賀の乱の首領。名は胤雄(たねお)、号は南白(なんぱく)。天保(てんぽう)5年2月9日、佐賀藩下級武士の家に生まれる。国学者枝吉神陽(えだよししんよう)に師事、しだいに尊攘(そんじょう)運動に参加し、1862年(文久2)脱藩して
松尾芭蕉(日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸前期の俳人。日本近世文学の最盛期をなす元禄(げんろく)期(1688~1704)に活躍した井原西鶴(いはらさいかく)、近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)、芭蕉は、それぞれ小説、浄瑠璃(じょうるり)、俳諧(はいかい)の分野を代表する三大文豪として
御会式(日本大百科全書・世界大百科事典)
本来、集会して式を行うという意味であるが、もっぱら日蓮(にちれん)宗で、宗祖日蓮入滅の10月13日を中心に、門下が宗祖を追慕して行う法会(ほうえ)をいう。東京都大田区の池上本門寺(いけがみほんもんじ)の御会式は著名で、とくに12日の逮夜(たいや)には
ハローウィン(日本大百科全書・世界大百科事典)
本来は聖夜の意味。イギリスでは10月31日の夜、カボチャなどのウリ類をくりぬいて提灯(ちょうちん)をつくり、藁(わら)人形やムギの穂でさまざまの動物をつくり、仮面、仮装して行列し、広場のたき火の周りで歌ったり踊ったりし、最後に人形を燃やす。これは古い
十三夜(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
陰暦9月13日夜のこと。この日に月見をする慣習があり、8月15日夜の芋(いも)名月に対して豆名月といい、後の月見(あとのつきみ)ともいう。醍醐(だいご)天皇の延喜(えんぎ)19年(919)に、清涼殿で月見の宴を催されたのが九月十三夜の始めといわれて
国債(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
一般的に国が発行する債券のうち、発行から償還まで一会計年度を超えるものをさす。一時的な資金不足を補うため、一会計年度内で履行される政府短期証券(FB:FinancingBills)を含む場合もある。なお、政府短期証券は2009年(平成21)2月より
長岡京(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
平安時代初期、山城(やましろ)国乙訓(おとくに)郡に置かれた都城。現在の京都府向日(むこう)市・長岡京市付近にあたる。桓武(かんむ)天皇は784年(延暦3)11月11日に平城京からこの地に遷都し、以来794年10月22日に平安京に遷(うつ)るまで
太政大臣(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
太政官の最高の官職で、日本独自の官。和訓ではオオマツリゴトノオオマエツギミといい、唐名では(大)相国(しょうこく)。令(りょう)では唐の三師(太師、太傅(たいふ)、太保)、三公(太尉(たいい)、司徒、司空)を兼ねる重職とされ、適任者のない場合には欠員
恵美押勝の乱(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
奈良時代の反乱。恵美押勝の乱(えみのおしかつのらん)ともいう。760年(天平宝字4)の光明皇太后(こうみょうこうたいごう)死後、道鏡(どうきょう)を寵愛する孝謙太上天皇(こうけんだいじょうてんのう)と、藤原仲麻呂(恵美押勝)が擁立した淳仁天皇
律宗(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
仏教の宗派。中国では十三宗の一、日本では奈良時代の南都六宗の一つ。律とは毘奈耶(びなや)(サンスクリット語ビナヤvinayaの音訳)の漢訳で、比丘(びく)・比丘尼(びくに)の守るべき規範のことである。出家者の教団における規定の集成書を律蔵といい
遣渤海使(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
728年(神亀5)から811年(弘仁2)にかけて日本から渤海に13回にわたって派遣された公式の使節。日本と渤海(698~926)との交渉は727年の渤海使来日に始まり、翌年初めて遣使が行われた。渤海の来日の目的は、唐と対立し、唐・新羅(しらぎ)から
三世一身法(世界大百科事典・日本大百科全書)
723年(養老7)4月に発令された開墾奨励法。新たに溝や池などの灌漑(かんがい)設備をつくって開墾した者には三世(子、孫、曽孫(そうそん))に至るまでの間、また従来からあった灌漑設備を利用して開墾した者には本人一代限り、その墾田の保有を認めるという
遣隋使(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
7世紀初頭、聖徳太子(しょうとくたいし)が摂政(せっしょう)のとき、日本から隋(581~618)に派遣された公式の使節。600年に始まり614年まで前後6回に及ぶ。ただし、600年(推古天皇8、隋の開皇20)と610年(推古天皇18、隋の大業6)の
十七条憲法(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
聖徳太子制定と伝える日本最初の成文法。『日本書紀』推古(すいこ)天皇12年(604)4月戊辰(つちのえたつ)条に、初めてその全文が登場する。それによると、「皇太子、親(みずか)ら肇(はじ)めて憲法十七条を作りたまふ」とある。皇太子とは、聖徳太子をさす
ハギ(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
マメ科(APG分類:マメ科)ハギ属の総称。落葉低木または多年草。萩の字があてられているが、中国語の「萩」は元来はキク科のヤマハハコ属植物をさす。茎が木質化して直立し、よく分枝して冬季に枝先のみ枯れるものと、地上部が地際のごく一部を除いてほとんど枯れて
イチジク(日本大百科全書・世界大百科事典)
クワ科(APG分類:クワ科)の落葉小高木。樹高3~4メートル。葉は互生し、有柄で3~7裂する掌状、肉厚く表面はざらつく。枝や葉を切ると白い乳液を出す。葉腋(ようえき)に、花托(かたく)が壺(つぼ)状に肥大し内壁に多数の白色小花を密生したいちじく花序を
ブドウ(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
ブドウ科(APG分類:ブドウ科)に属する落葉性つる植物。巻きひげがあり、種によって連続または断続的に葉と対生する。雌雄異株または両性株で、5~6月に房状の花をつける。花弁は5枚ほどで緑色、上部が融合しキャップ状となり、開花が始まると、帽子が脱げるよう
サバ(日本大百科全書・世界大百科事典)
硬骨魚綱スズキ目サバ科サバ亜科のうちサバ族に属する海水魚の総称。世界の熱帯から温帯域内の沿岸部に分布するが、とくに西太平洋からインド洋海域に多産し、この海域ではもっとも重要な漁獲物である。サバ族は2属6種で、サバ属3種とグルクマ属の3種が知られている
明治維新(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
幕藩制を廃し、中央集権統一国家と資本主義化との出発点を築いた政治的・社会的変革。「明治維新」という歴史学の概念ができる起源は、当時の人が用いた「御一新(ごいっしん)」ということばにある。お上の命令によって世の中が新しくなるという意味である。[遠山茂樹
大伴金村(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
生没年不詳。5世紀末から6世紀前半にかけての豪族。武烈(ぶれつ)・継体(けいたい)・安閑(あんかん)・宣化(せんか)朝の大連(おおむらじ)。大伴談(かたり)の子。仁賢(にんけん)天皇の死後、平群(へぐり)氏を滅ぼし、武烈天皇を即位させた。武烈の死後、
武蔵国造の反乱(日本大百科全書)
534年(安閑天皇1)に武蔵地方で起きた地方豪族の反乱。『日本書紀』によると、534年、武蔵国造笠原直使主(かさはらのあたいおみ)と同族の笠原直小杵(おき)とが、国造の地位をめぐって対立した。笠原直小杵は上毛野(かみつけぬ)(群馬県)地方の豪族上毛野
磐井の乱(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
6世紀前半に起こった筑紫君(つくしのきみ)(国造(くにのみやつこ))の反乱。『日本書紀』継体(けいたい)天皇21年6月条によると、近江毛野臣(おうみのけぬのおみ)は6万の軍隊を率いて任那(みまな)に赴き、新羅(しらぎ)に攻略されていた南加羅
任那(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
朝鮮古代の国名。「にんな」とも読む。別名は伽耶(かや)、加良(から)、駕洛(からく)など多数あるが、国際的には加羅(から)と書く。任那の国名は日本でしばしば使用されるが、朝鮮ではほとんど使用されない。日本では「みまな」と訓読するが、これは狭義の任那の
江戸時代(日本大百科全書・世界大百科事典)
▲範囲と概観厳密には、江戸に幕府が開かれた1603年3月24日(慶長8年2月12日=旧暦)から、1869年4月5日(明治2年2月24日=旧暦)事実上の東京遷都が行われた日までの266年間をさすと考えられるが、一般には1600年の関ヶ原の戦い以降、
戦国時代(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
1467年(応仁1)の応仁(おうにん)の乱の開始から織田信長(おだのぶなが)が全国統一に乗り出すまでのほぼ1世紀間をさす時代概念。室町幕府の存在を指標とする室町時代の後半とほぼ一致するが、各地に群雄が割拠して中央政権が無力化した日本歴史上もっとも顕著
徳川家定(日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府第13代将軍。12代将軍家慶(いえよし)の第4子。幼名政之助、初め家祥。ペリー来航直後の1853年(嘉永6)7月家督を継ぎ、10月将軍宣下(せんげ)。内外多難であったが、病弱で老中阿部正弘(あべまさひろ)らに政務を一任した。1857年(安政4
徳川家慶(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府第12代将軍。11代将軍家斉(いえなり)の二男。幼名敏次郎。1837年(天保8)将軍職を継いだが、家斉在世中は家斉の大御所政治に実権を握られた。1841年、家斉の死後、老中水野忠邦(みずのただくに)を首座に任用して幕政の改革を行った(天保
徳川家斉(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府第11代将軍。御三卿(ごさんきょう)の一つ一橋(ひとつばし)家の2代治済(はるさだ)の四男。母は岩本氏で於富之方(おふくのかた)という。安永(あんえい)2年10月5日誕生。幼名は豊千代。1781年(天明1)10代将軍家治(いえはる)の養子と
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