日本大百科全書(ニッポニカ)のサンプルページ一覧
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ツバメ(日本国語大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
広義には鳥綱スズメ目ツバメ科に属する鳥の総称で、狭義にはそのうちのツバメ属をさし、さらに狭義にはそのうちの1種をさす。 ツバメ科Hirundinidaeの鳥は17属74種に分類されるが、アフリカの36種と南アメリカの23種が多い。ツバメ属H

十三参り(世界大百科事典・日本大百科全書)
京都市西京 (にしきょう)区法輪寺の本尊虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)に、陰暦3月13日(現行3月~5月)に、13歳になった男女が両親に連れられてお参りする行事。虚空蔵は知恵や福運を授けるという信仰がある。境内では13品の菓子を売っている

清明祭(日本大百科全書)
二十四節気 (せっき)の清明の節に行う墓参りの行事。元来、中国の行事で、朝鮮でも節の入りの日の翌日を寒食 (ハンシク)とよび、墓祭を行う習慣がある。日本に伝わったのは新しいが、沖縄県の首里・那覇を中心にした沖縄群島では習俗として定着している

国際競技連盟(日本大百科全書・世界大百科事典)
各国の競技団体を国際的に統括する非政府組織。略称IF。各IFはオリンピックや世界選手権などでそれぞれの競技の運営にあたると同時に、国際的に適用する大会参加規定や競技規則(ルール)を独自に制定する。オリンピック実施競技のなかでもっとも古いのは1881年

石川丈山(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸初期の漢詩人。名は凹 (おう)。丈山は字 (あざな)。六六山人、四明山人、凹凸窠 (おうとつか)などと号した。代々徳川氏に仕える三河武士の家に生まれたが、大坂夏の陣のとき軍律を犯してとがめを受けたため武士を捨て、藤原惺窩 (せいか)に入門

墾田永年私財法(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
三世一身法の後を受けて、20年後の743年(天平15)に発布された古代の土地法。三世一身法に存した三世とか一身とかの占有期間の制限を外し、墾田は永久に私有地とすることを認め、ただその面積に位階による制限(一品 (ぽん)および一位の500町から無位の

長屋王の変(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
729年(天平1)2月に起こった政変。左大臣長屋王が謀反を計画しているとの告発を受け、兵が王邸を包囲し訊問の結果、王は自殺。妻の吉備内親王 (きびないしんのう)、子の膳夫王 (かしわでおう)、桑田王、葛木王 (かずらきおう)、鉤取王

恭仁京(世界大百科事典・日本大百科全)
奈良時代の都京。山城 (やましろ)国相楽 (そうらく)郡恭仁郷(京都府木津川 (きづがわ)市加茂町例幣 (かもちょうれいへい))にあり、大養徳 (やまと)恭仁大宮ともよぶ。740年(天平12)藤原広嗣 (ひろつぐ)の乱が起こると

一寸法師(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・日本国語大辞典)
昔話。体の小さい子供、すなわち「小さ子」の冒険を主題にする異常誕生譚 (たん)の一つ。のちに呪力 (じゅりょく)により一人前の大きさになるところに特色がある。一寸法師は、小さい人を意味する中世的な呼称で、ほかに、一寸太郎、五分次郎、豆蔵などの名も

和宮降嫁(国史大辞典・日本大百科全書)
1862年(文久2)2月に実現した、孝明 (こうめい)天皇妹和宮親子 (ちかこ)内親王と14代将軍徳川家茂 (いえもち)との結婚問題。1858年(安政5)6月の、日米修好通商条約の調印と、紀伊家の徳川慶福 (よしとみ)(のちの家茂)の将軍継嗣

ホルモン(日本大百科全書・世界大百科事典・岩波 生物学辞典)
生体内でつくられ、その個体の形態形成、代謝、成長、行動発現その他の生理的過程に特定の影響を及ぼす物質をいう。1905年にイギリスの生理学者E・H・スターリングによって提唱された用語である。彼はベイリスWilliam Maddock Bayliss

以心崇伝(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸初期の臨済宗の僧。以心は字 (あざな)。普通、金地院 (こんちいん)崇伝という。生前に円照本光国師号を受ける。1573年(天正1)室町幕府滅亡に際し父一色秀勝 (いっしきひでかつ)と死別、南禅寺の玄圃霊三 (げんぽれいさん)

飛脚(国史大辞典・日本国語大辞典・日本大百科全書)
信書・文書などの送達にあたった者。語源は早く走る者、文使 (ふみづかい)という意味である。通信手段は、権力と物資輸送の行われる所では不可欠であるから、いずれの時代にもあったはずである。[藤村潤一郎]▲古代・中世古代には駅馬を利用した飛駅使

平安時代(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
平安時代とは、8世紀末784年(延暦3)の長岡京遷都から、12世紀末の鎌倉幕府創始(諸説があるが、ここでは1185年の平氏滅亡、源頼朝 (よりとも)の守護・地頭 (じとう)設置とする)までの約400年間をいう。この時代は、古代から中世への移行期で

小栗判官(東洋文庫・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
説経浄瑠璃(じょうるり)の曲名。作者、初演は不詳。正徳(しょうとく)(1711~16)末か享保(きょうほう)(1716~36)初めごろに出た佐渡七太夫豊孝の正本には『をくりの判官』とある。京都・三条高倉の大納言(だいなごん)兼家の嫡子小栗判官は

小正月(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
元旦(がんたん)正月に対して正月15日をいう。女正月ともいい、多くの行事の行われる日である。花正月といわれるように、14日に楊(やなぎ)やヌルデの木を切ってきてそれを削り、小さな花をつくり、粟穂稗穂(あわぼひえぼ)、稲の花などといって飾っておく

鏡開き(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
正月の鏡餅(かがみもち)を下げて食べる儀式。お供え開き、お供えくずし、鏡割りなどともいう。現在は1月11日、以前は20日が一般的であった。徳川の3代将軍家光(いえみつ)の忌日が20日であるため、11日に繰り上げられたという説がある。武家では具足

ポルフィリン(日本大百科全書・岩波 生物学辞典・世界大百科事典)
4個のピロール環が4個の炭素で結合して閉環したポルフィンにメチル基などの側鎖のついた化合物の総称。生体内の酸化還元反応に重要な役割を果たしているヘモグロビン(血色素)、チトクロム類(呼吸色素)、クロロフィル(葉緑素)類などの色素部分を構成する化合物で

邪馬台国(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・Encyclopedia of Japan)
弥生(やよい)文化中・後期に確認される倭(わ)の女王国。『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』の刊本には邪馬壹国とみえるが、定説どおり邪馬台()国とするのが妥当。邪馬台は正式には「やまと」と読むが、大和(やまと)王権と区別するために一般には「やまたい」と

をかし(全文全訳古語辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
日本の古典文芸において一種の美意識を表す語で、美的理念を示すことばにもなっている。その用例は平安時代以後にみられ、基本的には対象を興ありと思う明るい快適な感情を主とすることばであろうが、美として優美に近いものを表す場合と滑稽 (こっけい) を表す場合とが

道外方(歌舞伎事典・世界大百科事典・日本大百科全書)
歌舞伎(かぶき)の役柄の一つ。数多い役柄のうちで、きわめて古く成立したものに属する。西欧の道化師のように、滑稽(こっけい)な台詞(せりふ)や物真似(ものまね)を巧みに演じて人を笑わせる役。初期歌舞伎における「猿若」の系統を引いて、野郎(やろう)歌舞伎

近松門左衛門(歌舞伎事典・日本大百科全書)
江戸前期の浄瑠璃(じょうるり)・歌舞伎(かぶき)作者。本名杉森信盛(のぶもり)。通称平馬。別号は平安堂、巣林子(そうりんし)、不移(ふい)山人。承応(じょうおう)2年越前(えちぜん)吉江藩士杉森信義(のぶよし)の二男として福井に生まれたが、父が浪人と

仮名手本忠臣蔵(日本古典文学全集・日本大百科全書・世界大百科事典)
浄瑠璃義太夫節 (じょうるりぎだゆうぶし)。時代物。11段。竹田出雲 (いずも)、三好松洛 (みよししょうらく)、並木千柳 (せんりゅう)合作。1748年(寛延1)8月、大坂・竹本座初演。赤穂 (あこう)浪士の仇討 (あだうち)に取材した

ユズ(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
ミカン科(APG分類:ミカン科)の常緑半高木。柑橘 (かんきつ)の一種で、中国揚子江 (ようすこう)上流の原産といわれ、日本への渡来は朝鮮半島を経由したものと考えられているが不明である。山口県、徳島県には野生林がある。柑橘中、耐寒性がもっとも強く

王羲之(日本大百科全書・世界文学大事典・世界人名大辞典)
中国、東晋 (とうしん)時代の能書家。中国、日本において書聖として尊重される。東晋の建国に功労のあった王導 (おうどう)の従弟 (いとこ)王曠 (おうこう)の子。字 (あざな)は逸少 (いっしょう)。琅邪 (ろうや)臨沂 (りんぎ)

パッラディオ(世界人名大辞典・日本大百科全書)
イタリアの建築家、建築理論家。本名Andrea di Pietro della Gondola。粉屋の子としてパドバに生まれ、ビチェンツァで石工および煉瓦 (れんが)工となったが、1536年ごろ人文学者ジャンジョルジョ・トリッシーノに才能を認められ

スレイマン1世(世界大百科事典・世界人名大辞典・日本大百科全書)
オスマン・トルコ帝国第10代スルタン(在位1520~66)。トルコでは「立法者」(カヌーニ)、ヨーロッパでは「壮麗者」(マグニフィセント)と称せられる最大のスルタン。セリム1世の子。アジア、ヨーロッパ、北アフリカ沿岸部にまたがる大版図を支配し

竹中半兵衛(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
[?―1579]戦国時代の武将。名は重治 (しげはる)(重虎 (しげとら)とも)。半兵衛は通称。美濃 (みの)(岐阜県)不破 (ふわ)郡岩手菩提 (いわてぼだい)山城主。美濃三人衆の1人安東守就 (あんどうもりなり)の女婿。俗説では領土

柴田勝家(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
[1522―1583]戦国時代から安土 (あづち)桃山時代の武将。権六 (ごんろく)、修理亮 (しゅりのすけ)。織田氏の宿老 (しゅくろう)。初め信長の弟信行に仕えた。信行の反逆に味方したが降伏し、再度の陰謀を信長に密告した。1570年

佐々木小次郎(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・日本大百科全書)
[?―1612]近世初期の剣客。その伝は明らかではないが、越前 (えちぜん)朝倉氏の本拠一乗谷 (いちじょうだに)に近い浄教寺 (じょうきょうじ)村の出身と伝え、幼少より剣を好み、中条 (ちゅうじょう)流の富田勢源 (とだせいげん)