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第128回 「奥」と「口」の考察(1)

2017年03月03日

先回は「表と裏の地名」と題し、「裏」の字が付く地名と、これと対になる「表」の字が付く地名について考察しました。ところで、「裏」の字が付く地名と似通っている地名に「奥」の字が付く地名があります。

「奥」の字が付く地名は、文字通り「奥まったところ」の意で、一般には「(川の上流域で)山深い地域」や「(交通の便がよくない)辺鄙な地域」を指し示すことが多く、「裏」の字が付く地名と似通った地域性があるといえるでしょう。しかし、「裏」の字が付く地名と比べると、マイナスのイメージは少ないようです。

一例を挙げれば、全国で「裏」の字が付く市町村名は一つもないのに対して、奥多摩町(東京都)や奥出雲町(島根県)など、「奥まったところ」の意で「奥」を用いている市町村名が存在します(北海道の奥尻町や岩手県の奥州市はカウントしませんでした)。

少し脱線しますが、「奥義」と「裏技」では「奥義」のほうが正規の手続きを踏んでいる感じがしますし、奥女中として奉公することを表す「奥住おくすまい」には、裏店に住むことをいう「裏住うらずまい」のような、うらぶれた感じはありません。さらに脱線すれば、江戸狩野派の絵師の格付けでいえば、「裏」よりプラスのイメージをもつ「表」で表現される「表絵師」よりさらに格式が高いのが「奥絵師」ですから、「奥」にはプラスのイメージがあるといってもよいくらいでしょう。

ところで、「裏」の字が付く地名と対になるのは「表」の字が付く地名でしたが、「奥」の字が付く地名では「口」の字が付く地名が対になることが多いようです。

「奥」と「口」のセット地名で筆者がすぐに思いつくのは、石川県の能登半島(旧能登国)を「奥能登」と「口能登」に区分する言い方です。ジャパンナレッジ「世界大百科事典」の【能登半島】の項目には、

半島基部から富来とぎ,中島,能登島の3町を結ぶ線までの口能登と,その北の奥能登に区分される。

とみえますが、かつての能登国の郡名でいえば、羽咋はくい鹿島かしまの2郡が口能登、鳳至ふげし珠洲すずの2郡が奥能登にあたり、現在の市町村でいえば、羽咋市、羽咋郡宝達志水ほうだつしみず町・志賀しか町、七尾市、鹿島郡中能登町が口能登、輪島市、珠洲市、鳳珠ほうす穴水あなみず町・能登町が奥能登に相当します。

この「奥」と「口」のセットはさまざまな広さでみられます。「さまざまな広さ」というのは、前に挙げた能登国のように、旧国(六十余州)を範囲とするレベルから、少し狭い旧郡を単位とした範囲、この郡単位より狭い、江戸時代の村や町(現在の大字や町名に相当)を幾つか集めたほどの地域、現在の大字や町名の範囲、大字や町名よりさらに狭い小字レベルまで、さまざまなシチュエーションで「奥」と「口」がセットとなった地名が確認できます。

この「奥」「口」のセット地名は、それこそ枚挙にいとまがないほど数多く存在しますが、はじめに、京都府綴喜つづき宇治田原うじたわら町の大字岩山いわやま地区を例にとって、もっとも狭い範囲である小字レベルの場合を考察します。宇治田原町は、ジャパンナレッジ「日本歴史地名大系」によれば、

京都府南部、南山城地域の東部に位置する山間の盆地で、(中略)古代には大和と近江を結ぶ交通の要衝であったが、山間の盆地であるだけに隠れ里的性格をもち、栗・柿・茶などを産する静かな山間村として知られる。

といった地勢を有します。宇治川に注ぐ田原川が東から西に流れ、同川の流域に形成された狭小な平地、および田原川に注ぐ小河川によって開析された支谷に集落が発達しています。

宇治田原町のほぼ中央部、田原川の流域に位置する岩山地区は、江戸時代には岩本いわもと村と長山おとなやま(「おとのやま」とも)村の2村からなっていましたが、明治時代初期に両村が合併して岩山村となり、この岩山村の村域が現在の大字岩山地区にあたります。

岩山地区には田原川に注ぐ幾つかの支谷が形成されていますが、その支谷の下流部に「口筒井谷つついたに」「口浄戸じょうど」「口釜井谷かまいだに」の小字があり、それぞれの上流部に「奥筒井谷」「奥浄戸」「奥釜井谷」のセット地名の小字が確認できます。

また、岩山地区の東南方に位置する宇治田原町湯屋谷ゆやだに地区(江戸時代の湯屋谷村)の北部にも「口たに」と「奥二ノ谷」というセットとなる小字、さらに、岩山地区の北西方に位置する宇治田原町禅定寺ぜんじょうじ地区(江戸時代の禅定寺村)の東部には「口城土じょうど」と「奥城土」のセット小字が確認できます。

宇治田原町岩山地区の口筒井谷と奥筒井谷

こうしてみますと、「口」「奥」のセット地名は、盆地の小谷といった地域によくある地名であること、さらに、ある地域に集中して存在するといえるのではないでしょうか。

「ある地域に集中して存在する」は、大字レベルでみても確認できます。

たとえば、京都府京丹後きょうたんご市には大宮町おおみやちょう口大野くちおおの竹野たけの川の流域に開ける)と大宮町奥大野(竹野川の流域、口大野の上流域に開ける)のセット、久美浜町くみはまちょう口馬地くちまじ久美谷くみだに川支流の馬地川下流域)と久美浜町奥馬地(馬地川上流域)のセットが確認でき、兵庫県佐用さよう郡佐用町には口金近くちかねちか千種ちくさ川水系佐用川の支流金近川の下流域)と奥金近(金近川上流域)、口長谷くちながたに(佐用川の支流長谷川の下流域)と奥長谷(長谷川の上流域)のセットが確認できます。

さらに、島根県出雲市には口宇賀町くちうがちょう(「うか」とも。斐伊ひい川の沖積低地と丘陵地)町と奥宇賀町(斐伊川沖積低地背後の丘陵山間地)、多伎町たきちょう 口田儀くちたぎ(田儀川の河口部および下流域)と多伎町奥田儀(田儀川の中流域)というセットの大字が存在するように、同一市町村(平成の大合併後)に「口」「奥」セットの大字が複数存在する例が多くみられます。

出雲市口宇賀町と奥宇賀町(西田簡易郵便局のあたりから西方一帯)。下流・上流関係ばかりではない

大字に準じるような地名(集落名や通称地名など)をも含めて、大字・町名の「口」「奥」セット地名が出現する傾向性を市町村単位でみた場合、単独で存在するケースより、複数存在することのほうが多いように感じます。

「口」「奥」地名の名付け方に地域的な偏りがみられるためのなのか、あるいは、似たような地形構造が連続するためなのか、原因は定かではありませんが……。

次に大字・町名より広い(大字や町名を幾つか集めた)範囲の「口」「奥」セット地名をみてみましょう。福井県の小浜市から大飯おおい郡おおい町にかけて広がる名田なた地域に「口名田」と「奥名田」(ほかに「中名田」「南名田」などもある)という興味深いセット例があるのですが、この名田地域の考察は次回に。

(この稿続く)