日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
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第13回 海が育んだ文化都市 ― 小浜(おばま)

2008年03月07日

福井県の南西部に位置する小浜市は、日本海に面した港町。古くから日本海海運の要地であり、古代には若狭国府、鎌倉時代には守護所が市域に置かれるなど、若狭地方の政治・経済の中心地として発展、江戸時代には小浜藩の城下町として賑わいました。

アメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントン候補と民主党の指名を争っているバラック・オバマ候補を、名前が通じているとの理由で小浜市民が応援する《オバマ・フィーバー》振りが、近頃たびたび、マスコミに取り上げられます。市の観光協会(若狭おばま観光協会)のホーム・ページによると、事の経緯は次のよう。

平成18年(2006)にオバマ氏が来日した際、税関職員が氏に「私、小浜の出身なんです」と声をかけたところ、オバマ氏は「私は、小浜から来ました」とジョークを言った、との話が広まります。この話を知った村上小浜市長は、翌19年1月、小浜の名前を広めてくれたお礼の意味を込め、礼状と小浜市を紹介する英語版パンフレット、それに特産の若狭塗の夫婦箸をオバマ氏に送りました。

以来、小浜市ではオバマ候補を応援しようという気運が芽生え、今年2月4日のスーパー・チューズデーに観光協会を中心に「オバマ候補を勝手に応援する会」が結成されます。これをテレビ各局がこぞって取り上げ、海外メディアも取材、さらに、さまざまな《オバマ氏応援活動》が展開中、というものです。

この《オバマ・フィーバー》以前、小浜市は、そろそろフィナーレを迎えるNHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」の主人公喜代美(徒然亭若狭)が、青春時代を過ごした土地として脚光を浴びました。「ちりとてちん」では喜代美の父、祖父ともに若狭塗箸の職人という設定ですが、〈若狭塗〉は、もう一つの伝統工芸である〈めのう細工〉とともに江戸時代から盛んで、現在、塗箸は全国の8~9割の生産量を誇っています。

小浜市

小浜市

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しかし、小浜の特産といえば、なんといっても豊富な海産物類をはずすわけにはいきません。「ちりとてちん」でしばしば取り上げられた焼サバ、へしこ(サバのぬか漬)のほか、サバのなれずし、小鯛のささ漬、若狭フグ、若狭ガレイ、若狭グジ、若狭カキ、カニ、イサザ(「シロウオ」のこと)などなど、枚挙にいとまがありません。

古代の若狭国は、志摩国・淡路国・伊勢国などと並び、天皇に贄(にえ=神に供えたり、天皇に献上したりする食物。とくに魚や鳥など)を貢進する御食国(みけつくに)でした。近年、小浜市は《食のまちづくり条例》を制定し、伝統的な海の幸に加え、豊饒な森が生み出す水や山の幸も活用した「食のまちづくり」を推進中。「心やすらぐ美食の郷、御食国若狭おばま」をキャッチ・フレーズに観光キャンペーンも行っています(「御食国若狭おばま食文化館」ホーム・ページなど)。

かつて、こうした海産物類を京へと運んだ道が鯖街道(さばかいどう)。鯖街道には何本ものルートがありましたが、いずれも起点は小浜。小浜では昔からよく「京は遠ても十八里」といいました。こうした人と物資の頻繁な往来が招いた結果でしょうか、じつは小浜は隠れた文化財の豊庫なのです。

市内には〈建造物〉〈史跡・名勝〉〈絵画〉〈彫刻〉で、複数の国指定以上の文化財を保持する寺院が明通(みようつう)寺・妙楽(みようらく)寺・神宮(じんぐう)寺・羽賀(はが)寺・国分(こくぶん)寺・萬徳(まんとく)寺・円照(えんしよう)寺と7か寺もあります(下表)。

寺名建造物、史跡・名勝彫刻・絵画
指定名称時代指定名称時代
明通寺★本堂鎌倉中期木造薬師如来坐像平安後期
★三重塔鎌倉中期木造降三世明王立像平安後期
木造深沙大将立像平安後期
木造不動明王立像平安後期
妙楽寺本堂(附・厨子)鎌倉後期木造千手観音立像平安中期
神宮寺仁王門鎌倉末期木造男神・女神坐像室町初期
本堂室町末期
羽賀寺本堂室町中期木造十一面観音立像平安前期
木造千手観音立像平安後期
木造毘沙門天立像平安後期
国分寺若狭国分寺跡 木造薬師如来坐像鎌倉初期
萬徳寺庭園江戸初期木造阿弥陀如来坐像平安後期
絹本著色不動明王三童子像平安末期
絹本著色弥勒菩薩像鎌倉中期
円照寺  木造大日如来坐像平安後期
木造不動明王立像平安後期
(★印は国宝、ほかは国指定重要文化財。制作・建造年代は観光協会による)

このほかにも国指定以上の文化財を保持する神社・仏閣に、

飯盛(はんじよう)寺=本堂(室町中期)
多田(ただ)寺=木造薬師如来立像《附木造十一面観音立像・木造菩薩立像》(平安前期)
正林(しようりん)庵=銅造如意輪観音半伽像(奈良後期)
長慶(ちようけい)院=木造観音菩薩坐像(平安中期)
加茂(かも)神社=木造千手観音立像(平安後期)
谷田(たんだい)寺=木造千手観音立像《附木造毘沙門天立像・不動明王立像》(鎌倉初期)
長源(ちようげん)寺=絹本著色弥勒菩薩像(鎌倉中期)

などがあります。

国指定の文化財は所蔵していませんが、若狭国の一宮である若狭彦神社(上社)・若狭姫神社(下社)も由緒ある神社。また、市内を流れる遠敷(おにゆう)川の鵜瀬(うのせ)では、奈良東大寺二月堂の「お水取り」に先がけて、神宮寺による「お水送り」が行われ、この「お香水」が、10日間をかけて、二月堂の若狭井に届くといわれます。

小浜市

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現在、小浜市と福井県は、これら数多くの文化財が集中する小浜を《「若狭の社寺建造物群と文化的景観」-神仏習合を基調とした中世景観》の名称で、ユネスコの世界文化遺産暫定リストへの登録を求めて活動中。

ところで、たとえば、世界自然遺産の白神山地や知床、同文化遺産の紀伊山地の霊場と参詣道(いわゆる熊野古道)、石見銀山遺跡とその文化的景観(石見銀山)などでは、世界遺産登録以前と以後では、訪れる観光客の数が桁違いといいます。小浜の史跡・文化財をのんびりと訪ね歩き、豊かな食材にゆったりと舌鼓をうつチャンスは、今のうちかもしれません。