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第129回 「奥」と「口」の考察(2)

2017年04月07日

「奥」の付く地名について、そのセットとなることが多い「口」の付く地名とあわせて検討するテーマの続きです。

今回は、前回記したように、福井県の小浜市から大飯おおい郡おおい町にかけて広がる広域地名である「名田なた」地域の「口」「奥」セット地名について考察するところから始めます。

「名田」は小浜湾に注ぐみなみ川の上・中流域の山間部に成立した庄園、「名田庄」を淵源とする広域地名。江戸時代、かつての名田庄の庄域は遠敷おにゅう郡に属する三十数か村で構成されていました。その後に分村・合併があって、明治10年代の終わりまでに28か村に再編成されます。この28か村は、明治22年(1889)の市制町村制施行(いわゆる明治の大合併)によって、南川の中流域は遠敷郡口名田村、その上流域は同郡中名田村、さらにその上流域、南川最上流の山間部は同郡奥名田村、南川に注ぐ支流の久田くた川や堂本どうもと川の流域山間部は同郡南名田村にまとめられます。

南川流域の山間部を庄域とした旧名田庄の谷口集落にあたる南川中流域に口名田村、最上流域に奥名田村が成立して、「奥」「口」のセット地名が誕生しました。

その後、南名田村は明治24年に知三ちみ村と改称、昭和30年、この知三村と奥名田村が合併して遠敷郡名田庄なたしょう村となります(昭和の大合併)。ここで少しだけ脱線しますが、1970年代に高石ともやが率いていた「ザ・ナターシャセブン」のバンド名は、当時、高石が居を構えていたこの名田庄村に由来します。平成18年(2006)に遠敷郡名田庄村と大飯郡大飯町が合併して大飯郡おおい町となったため(平成の大合併)、旧奥名田・南名田地域は、現在、おおい町の東南部を占める地域となっています。

一方、口名田村と中名田村は、南川の最下流部に開けた旧小浜城下を核として成立した遠敷郡小浜町や周辺の諸村と昭和26年に合併・市制施行して小浜市となり(昭和の大合併)、現在は小浜市の南西部を占める地域となりました。

この広域「名田」地域(かつての名田庄の庄域)には、明治期の4か村に由来して、口名田・中名田・奥名田・名田庄(知三郵便局が1988年に名田庄郵便局と改称)の4つの郵便局があります。

そのうちの一つ、奥名田郵便局の所在地は「おおい町名田庄口坂本くちさかもと」。口坂本地域は南川の支流である坂本川の谷口集落にあたり、同川の上流域の大字は「名田庄奥坂本」となります。河川の本流と支流のそれぞれに「奥」「口」のセット地名が存在し、複層的な構造になっていることがわかります。

おおい町名田庄「口坂本」に所在する「奥名田」郵便局

なお、口名田郵便局(所在地は小浜市中井)の管轄内(旧口名田村の村域)には、奥田縄おくだの川(南川支流。「おくだのう」とも)の谷口に口田縄、上流山間部に奥田縄の大字があり、ここでも複層的な「奥」「口」のセット地名が確認できます。

ここまでは広域地名(名田)の「奥」「口」セット地名について検討してきました。次は、広域地名よりも広い「旧郡」「旧国」単位の「奥」「口」セット地名の考察に移りたい……のですが、ジャパンナレッジの辞事典類をチェックしてみると(悉皆ではありません)、「旧郡」「旧国」単位の「奥」「口」セット地名は、思ったほど多くはありませんでした。

「旧国」レベルでは、先回あげた「口能登」「奥能登」のほかに「口丹波(旧丹波国の東部)」「奥丹波(同西部)」の用例がみられるだけですし、「旧郡」レベルでも、旧伯耆国(現在の鳥取県西部)の会見あいみ郡(日野川の中・下流域。明治29年に汗入あせり郡と合併して西伯さいはく郡となる)に「口会見」「奥会見」、日野郡(日野川の中・上流域)で「口日野」「奥日野」の呼称を確認できただけでした。

ここまでの考察をまとめてみますと、「奥」「口」セット地名は、中小河川(まれに大河川)の下流平地部に「口」地名、上流山間部に「奥」地名が存在することが多く、また、その広さでいえば、大字や小字のレベルを中心とする、といえるのではないでしょうか。

ところで、今回の調査で気付いたことなのですが、自然公園の名称に「奥」を冠した地域呼称を用いたものが間々みられます。国定公園では天竜奥三河国定公園(長野県・愛知県・静岡県)が広く知られていますが、都道府県立のレベルでは以下のような「奥」を冠した地名を含む自然公園があります。

奥久慈おくくじ県立自然公園(福島県・茨城県)
県立奥武蔵自然公園(埼玉県)
県立養老渓谷奥清澄おくきよすみ自然公園(千葉県)
県立奥湯河原おくゆがわら自然公園(神奈川県)
奥早出おくはやで(「おくはいで」とも)あわ守門すもん県立自然公園(新潟県)
奥越おくえつ高原県立自然公園(福井県)
奥飛騨数河すごう流葉ながれは県立自然公園(岐阜県)
奥長良川県立自然公園(岐阜県)
奥伊勢宮川峡みやがわきょう県立自然公園(三重県)
奥日野県立自然公園(鳥取県)
奥宮川内谷おくみやごうちだに県立自然公園(徳島県)
奥道後玉川県立自然公園(愛媛県)
奥物部おくものべ県立自然公園(高知県)
奥球磨県立自然公園(熊本県)

経ヶ岳の山麓に広がる六呂師ろくろし高原は、「奥越高原」の名称で県立自然公園に指定されている

自然公園に多くみられるように、「奥」を冠した地名は「残された豊かな自然」とか「人里を離れた秘境」といった、観光地としてのプラスイメージを喚起させると思われているのでしょうか。いままでにあげてきた奥湯河原・奥飛騨・奥三河といった地域呼称のほかにも、奥会津(福島県)・奥日光(栃木県)・奥秩父(長野県・山梨県・埼玉県・東京都)・奥志賀(長野県)・奥伊豆(静岡県)・奥浜名湖(静岡県)・奥伊勢(三重県)・奥琵琶湖(滋賀県)・奥丹後(京都府)など、「奥」の付く地域名称が観光キャンペーンの対象地や観光協会の名称として広く用いられています。

最後に付け足りを一つ。「奥」+「旧国名」の探索で気付いたことなのですが、この組み合わせの名称は清酒や焼酎のブランド名としても散見します。以下にブランド名と酒造会社を記しますので、機会があったら飲み比べてみてはいかがでしょうか。

奥飛騨(清酒)
岐阜県下呂市金山町金山・奥飛騨酒造

奥播磨(清酒)
兵庫県姫路市安富町安志・下村酒造

奥丹波(清酒)
兵庫県丹波市市島町上田・山名酒造

奥伊予(焼酎)
愛媛県西予市城川町魚成・媛囃子

(この稿終わり)