改訂新版 世界大百科事典のサンプルページ一覧
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歌舞伎十八番(新版 歌舞伎事典・国史大辞典・世界大百科事典)
7世市川団十郎が制定した18の演目をいう。7世団十郎は,1832年(天保3)3月に長男の海老蔵に8世団十郎を襲名させ,自身は海老蔵を名のると発表したときに配った刷り物に,初めて〈歌舞妓狂言組十八番〉と題して18種の名目を掲げた。その後,40年の

日本舞踊(日本大百科全書・世界大百科事典)
邦舞また日舞ともいう。西洋舞踊に対する語で,広義には日本で行われる舞踊として,古代の舞踊,伎楽(ぎがく),舞楽(ぶがく),能,民俗舞踊,歌舞伎舞踊,新舞踊等すべての舞踊の総称となる。しかし狭義では歌舞伎舞踊を指し,ふつう,これが一般的用語となっている

歌舞伎舞踊(新版 歌舞伎事典・世界大百科事典)
歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。歴史歌舞伎舞踊は,中世末期の風流(ふりゆう)踊という民俗舞踊を母体として発したもので,出雲のお国の踊った歌舞伎踊にはじまる。お国に追随した遊女歌舞伎も

沖田総司(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
新撰組隊士。陸奥白河藩士の子に生まれたが,数え2歳で父が死亡し,姉が沖田家を継いだ。天然理心流近藤周助の試衛館に入り,近藤勇とは同門。卓越した剣の使い手として知られ,1863年(文久3)京都で結成された新撰組の有力隊士となる。翌年6月の池田屋事件のと

パイロット(世界大百科事典)
元来は船の操舵者,水先案内人の意であるが,今日では一般に航空機の操縦者を指すようになった。日本の航空法はパイロットの資格を定期運送用,上級事業用,事業用,自家用の4種に分け,さらにそれぞれの資格を操縦しうる航空機の種類によって限定している

六波羅探題(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉幕府が京都の六波羅に置いた機関,およびその長。鎌倉末期,1319-22年(元応1-元亨2)ころ成立した《沙汰未練書》に〈探題とは,関東は両所,京都には六波羅殿を云ふ〉とあるのが六波羅探題の呼称の初見であり,通常は単に〈六波羅〉ということが多かった

飛行機(世界大百科事典)
人間が乗って空気の中を飛ぶ乗物を総称して航空機といい,その中で,ジェットエンジン,プロペラなどの推進装置の力で前進し,その際,固定翼(回転したり,羽ばたいたりすることのない翼)に生ずる動的な上向きの空気力,すなわち揚力によって自分の全重量を支えて飛ぶ

永井荷風(日本近代文学大事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
明治・大正・昭和にわたる小説家,随筆家。東京生れ。本名壮吉,別号断腸亭主人,金阜山人など。父久一郎は官吏,のち日本郵船の上海,横浜支店長を歴任,漢詩人として令名があった。荷風は高等師範学校付属中学校(1897年卒)をへて東京外国語学校清語科を中退

ナポレオン1世(日本大百科全書・世界大百科事典)
フランス第一帝政の皇帝。在位1804-14。本名はナポレオン・ボナパルトN.Bonaparte。コルシカのアジャクシオの小貴族シャルル・ボナパルトとレティシアの次男として1769年8月15日に生まれた。フランス本土のブリエンヌ幼年学校,パリ兵学校で

パスツール(日本大百科全書・世界大百科事典)
フランスの化学者,微生物学者で,近代的微生物学,生化学,免疫学の開拓者。革なめし業者の子として生まれ,パリのエコール・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)を卒業。A.J.バラールやJ.B.A.デュマに学び,酒石酸の対掌体を結晶の小面の差で分離でき

ファーブル(世界大百科事典・日本大百科全書)
フランスの昆虫研究家,博物学者。南仏アベロン県の寒村サン・レオンに貧農の子として生まれ,幼時より自然に親しむ。苦学の末,アビニョン師範学校を出た後,アビニョン小学校,コルシカのアジャクシオ中学,次いでアビニョン中学で教師をする。向上心の旺盛な彼は

ベートーベン(日本大百科全書・世界大百科事典)
ドイツの作曲家。ハイドン,モーツァルトと並びウィーン古典派三巨匠と呼ばれるベートーベンは,先人二人の完成させた古典派様式を至上の高みにまで洗練させ,独自の様式を築き上げ,晩年には来たるべきロマン派時代の萌芽を思わせる作風まで示している

ライト兄弟(日本大百科全書・世界大百科事典)
アメリカの飛行機開発者。兄はウィルバーWilbur Wright(1867-1912),弟はオービルOrville Wright(1871-1948)。牧師の子として生まれ,もともとは自転車製造業者であったが,ドイツの航空先駆者O.リリエンタールなどに刺激を受け,空飛ぶ機械を構想した

初夢(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
正月に初めて見る夢のことで,その内容からその年の吉凶を占う夢占の意図があった。正月2日が仕事始めであるので,2日に見る夢を初夢といい,〈一富士・二鷹・三茄子(なすび)〉を縁起の良い夢の代表とした。一部には〈夢は逆夢〉といい,逆の結果を予想する所もある

大石良雄(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
赤穂浅野家の家老。代々家老で内蔵助(くらのすけ)と称し,家禄は1500石。主君浅野長矩(ながのり)の一件に対する大石の方針は浅野家の名誉の回復であったが,名誉あるかたちでの浅野家再興を幕府に嘆願したがいれられず,長矩のけんかの相手とみなす吉良義央

手話(世界大百科事典)
聾者に使用されている,身ぶりを中心とした視覚的・動作的言語。音声言語の習得に障害をもつ聾者は,古くから身ぶりを伝達の主要手段としていた。その身ぶりは,眼前の事物や状況の伝達に限られ,また,それ以上の役にはたたなかったが,聾者の相互交渉の機会が多くなり

カミュ(日本大百科全書・世界大百科事典・デジタル版 集英社世界文学大事典)
フランスの作家。サルトルと並んで,第2次世界大戦直後のフランス文学を代表する存在。フランスの植民地だったアルジェリアの貧しい労働者の家に生まれ,大学で哲学を学んだ後,劇団を結成して演劇活動を行った。初期のエッセー集《裏と表》(1937),《結婚》

ロダン(日本大百科全書・世界大百科事典・岩波 世界人名大辞典)
フランスの彫刻家。モニュメンタルで生命力にあふれた表現,さらに彫刻を量塊としてとらえ,周辺空間との関連で彫刻の肌をつくる態度によって,近代彫刻に新生面をひらき,ブールデル,マイヨールなど,以後の彫刻家に多大の影響を与えた。パリに生まれ,装飾美術学校で

ドストエフスキー(日本大百科全書・世界大百科事典・デジタル版 集英社世界文学大事典)
ロシアの小説家。慈善病院の医師の次男としてモスクワに生まれた。17歳でペテルブルグの陸軍中央工兵学校に入学。在学中,シェークスピア,ラシーヌ,シラー,ホフマン,バルザックなど西欧文学を読みふける。1839年父が領地の農奴に殺された。父の時代錯誤者的

太陽暦(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
1年の日数を1太陽年にできるだけ一致するように作られた暦。現在,世界中で一般に用いられているグレゴリオ暦は太陽暦である。太陽年は,太陽がその軌道上を一周する時間で回帰年とも呼ばれるように,地球上の季節はこの周期で繰り返される。したがって日常生活には

学問のすゝめ(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
福沢諭吉の主著の一つ。1872年(明治5)より76年までに17の独立の小冊子として刊行され,80年に合本となる。体裁は必ずしもまとまったものではないが,主題という点では,一貫性が強い。現在の根本的課題は,人民が従来の卑屈・無気力な状態を脱却して,自由

新花摘(日本大百科全書・世界大百科事典)
俳諧句文集。与謝蕪村著。1797年(寛政9)刊。蕪村は其角の《華摘》にならって亡母追善の夏行(げぎよう)を発起し,1777年(安永6)4月8日より発句1日10句の詠を続けたが,16日間で中絶,その後余白を利用して関東や丹後の修業時代の回想的諸話を俳文

江戸生艶気樺焼(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
黄表紙。山東京伝(北尾政演(まさのぶ))画作。3冊。1785年(天明5)刊。百万長者仇気屋(あだきや)のひとり息子艶二郎(えんじろう)は醜いくせにうぬぼれが強く,悪友たちにそそのかされ,色事の浮名を世に広めようと,金にまかせていろいろ試みるが

閻魔(日本架空伝承人名事典・日本国語大辞典・世界大百科事典)
閻魔は冥府の王として仏教とともに日本に入り,恐ろしいものの代名詞とされたが,地蔵菩薩と習合して信仰対象にもなった。奈良時代には閻羅王と書かれ,まれに閻魔国とも書かれている(《日本霊異記》)。閻羅は閻魔羅闍(えんまらじや)Yama-râjaの略で

蘆屋道満(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典)
平安中期の法師陰陽師。道摩ともいう。安倍晴明と術くらべする人物として登場することが多い。《古事談》《宇治拾遺物語》《十訓抄》に,道摩法師が藤原顕光の命で藤原道長に妖術をしかけるが,道長の犬と晴明に見破られ,本国播磨国に追放されたと伝える。《峯相記》

助六由縁江戸桜(新版 歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
歌舞伎狂言。世話物。1幕。通称《助六》。歌舞伎十八番の一つで3時間近く(現行1時間半から2時間)を要する華やかな大曲。1713年(正徳3),江戸山村座上演の《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》で2世市川団十郎が助六に扮したのが初演とされる

隈取(新版 歌舞伎事典・日本国語大辞典・世界大百科事典)
歌舞伎の化粧法。江戸荒事劇にはじまり,時代物一般に用いられる。顔面筋肉を基調に各種地色へ紅,青黛(せいたい)などの油性顔料で片ぼかしに筋を描き,血気,怪異,姦佞(かんねい)など,役柄を誇張して表現する。荒事の英雄とこれに対する敵役や鬼畜・神仏の化身

豊明節会(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
豊明は宴会の意で豊明節会とは大嘗祭,新嘗祭(にいなめさい)ののちに行われる饗宴をいう。天皇が豊楽院,または紫宸殿に出席して行われる新穀供御の神事。大嘗祭,新嘗祭はともに原則として11月の下の卯の日に行われるが,大嘗祭では次の辰の日を悠紀(ゆき)の

新嘗祭(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
〈にいなめまつり〉または音読して〈しんじょうさい〉ともいう。宮中の儀式の一つで,11月23日天皇が新穀を天神地祇に供え,天皇みずから食す。旧祝祭日の一つであったが,第2次大戦後〈勤労感謝の日〉として国民の祝日の一つとなった。律令制では,11月

秋祭(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
農耕の収穫を感謝する祭り。春祭,夏祭に対して呼ばれる秋季に行われる神祭の総称。春祭は豊作祈願のための予祝儀礼であるのに対して,秋祭は稲作の終りに際して神の恩恵に感謝するもので,全国の各神社において神に初ものと豊富な食物の献供があり,共同飲食が盛大に