季節のことば
日本の生活や文化に密着した季語の中から代表的なものを選び、その文化的な由来や文学の中での使われ方などを解説する、読んで楽しく役に立つ連載エッセイです。
日国で「こがらし【木枯・凩】」を引くと、語釈の二番目に「すりこぎをいう女房詞」とあり、用例として『随筆-嬉遊笑覧』の「木枯しとは葉の落たる木をすりこぎといふがごとし」が挙げられている。木枯しは晩秋から初冬にかけて、木の葉を吹き散らすように吹く、冷たい北寄りの風のことをいうが、それによって葉を散り尽くしてしまった木は、幹を露にまさに擂り粉木棒のような姿を呈することになる。
天候と風土、文化との密接な結びつきが見られるのは、なにも日本に限ったことではないが、日本のように気象条件の変化が著しいところでは、その関係が特に顕著に見られる。季語というのは結局、そのような背景を土壌に産まれてきたことばなのであるが、風についての語彙も非常に豊富で、季語として公認されているものだけでも100近くある。それは風と天気がたいへん深い関係にあるということが古くから知られていたからでもある。英語でもwindとweatherが同じ語源を持つように、一定の風は一定の天気を伴うことが古代ギリシャの時代から知られていたようだ。
現在、木枯しは冬の季語とされているが、古くは初秋の季語とされていたこともあった。つまり秋の訪れを知らせるかのように、桐の一葉などを散らせる風のことも言っていたようだ。それがしだいに冬の季語に収斂し、定着した。その理由として考えられるのは、やはり木枯しということばの持っている語感が冬の木々の葉を吹き散らす寒風によりふさわしいことと、その意味で木枯しを使った優れた作品が俳諧の時代に入って、つぎつぎに作られたことであろう。
気象庁の定義では、十月から十一月にかけて西高東低の冬型の気圧配置になったときの最大風速毎秒八m以上の北風のことを木枯しとしている。冬の季節風のはしり、吹き出しなので、吹く期間はそれほど長いものではない。年によって多少、異なるが、ほぼ立冬のころの十一月八日前後に、その第一号が吹く。真冬の季節風のように何日も吹きつづけることはあまりなく、木枯しの吹いた翌日は穏やかな好天になることが多い。それが「小春日和」である。
木枯しを「凩」と表記することがあるが、これは「凧(たこ・いかのぼり)」などと同じく日本で作られた国字である。「凧凩風と記(しる)しゆき天なるもののかたちさびしき」(山中智恵子)。
凩の果てはありけり海の音 池西言水
凩の地にも落とさぬ時雨かな 向井去来
木がらしや目刺にのこる海の色 芥川龍之介
凩や焦土の金庫吹き鳴らす 加藤楸邨
2001-11-05 公開
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