季節のことば

日本の生活や文化に密着した季語の中から代表的なものを選び、その文化的な由来や文学の中での使われ方などを解説する、読んで楽しく役に立つ連載エッセイです。

仲夏―其の二【田植え(たうえ)】

近年の減反政策や消費の低迷で、稲作にはかつてほどの勢いがないとはいえ、いぜんとして米は主食の座にあるし、日本文化の形成の上での稲作文化の重要性は否定しようがない。そもそも大和朝廷の成立に稲作が深く関わっていたことは、記紀神話に明らかで、たとえば天孫が降臨する「豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)」の「水穂」とは稲穂のことだし、その天孫を「…番能邇邇芸命(ほのににぎのみこと)」と記しているが、この「ほ」というのもやはり稲穂だとされている。大化改新の田租以来、稲は租税の基本作物となり、江戸時代の石高(こくだか)制に到るわけである。

このように稲作は日本の国家としての成立に関わるだけでなく、日本文化、日本人の生活様式をかたちづくってきた核のひとつともいってよい存在で、したがって生活に根ざす季語の世界でも、稲作に関するものは大きな比重を占めてきた。その中で最も大切なものといえば、やはり苗を田んぼに植える田植えということになるだろう。

水田稲作(水稲)には種をまいてそのまま育てる直播法と、苗代で育てた苗を移植(田植え)する方法があり、日本では早くから苗代栽培が一般化していた。現在、アメリカ、オーストラリア、イタリアなどをはぶき、世界の水稲作付け面積の90パーセント以上は田植えを行っている。苗をまずしっかり育て、それを移植した方が直播よりも根張りがよく、しっかり成長するといわれ、また保温、灌漑、排水、施肥、病害虫の駆除などにおいて、広い本田より狭い苗代の方がやりやすいということもある。それで「苗半作(なえはんさく)」(苗の良し悪しが収穫の半分を左右する)ということばもある。

田植えはできるだけ早く作業を終えることを要求されたから、労働力を提供し合う「結(ゆい)」といった協同作業で行なわれた。「結」は家を越えた結びつきだから、配偶者を選ぶ機会の少ない昔においては貴重な場でもあり、それで田植えで歌われる「田植え唄」には男女間の恋愛感情を歌った内容を含んだものも多い。しかしもとはといえば「田植え唄」は神事唄の色合いが濃く、田の神を迎え、その加護と恩恵を願うという神事性の強いものだった。陰暦五月のことをいう「皐月(さつき)」、田植えをする女性をいう「早乙女(さおとめ)」、田植えに用いる稲の苗をいう「早苗(さなえ)」の「さ」は、この田の神を示すものだといったのは柳田国男である。

しかし最近は田植えの機械化が急速にすすみ、1反(約10アール)当たり1人30時間も要していた作業も2時間ほどで終えるようになるとともに、田植え唄はもとより田植えの神事的な色合いはすっかり払拭されてしまった。

田一枚植て立去る柳かな 松尾芭蕉
やさしやな田を植るにも母の側 炭 太祇
田植女のころびて独りかへりけり 加藤暁台
勿体なや昼寝して聞く田植唄 小林一茶
みめよくて田植の笠に指を添ふ 山口誓子
田植人光りを曳きて田移りす 松村蒼石
塔映りゐるを知らずに田を植うる 津田清子

2002-06-10 公開