季節のことば

日本の生活や文化に密着した季語の中から代表的なものを選び、その文化的な由来や文学の中での使われ方などを解説する、読んで楽しく役に立つ連載エッセイです。

初夏―其の二【若葉 青葉(わかば あおば)】

あらたふと青葉若葉の日の光 芭蕉

「奥の細道」の旅で芭蕉が詠んだこの句は、地名の「日光」に日の光をかけた技巧的な句と解釈されることがあるが、句の眼目は初夏の木々の濃淡さまざまな葉を「青葉若葉」と端的に表現したところにある。梅が散り、桃の色が褪せ、桜も散りつくせば、文字どおりの百花繚乱の春も終わり、こんどは一転して緑一色の若葉が野山を蔽う。しかし緑一色といってもそこには限りない濃淡の差、明暗のニュアンスがある。大正年間に刊行された『森林美学』という本には、絵画において樹林の緑色をつくるときの色の具の混合の割合を次のように例示している。

黄緑(光線を透した葉の色)黄八青二
緑(光線の直射した外面の葉)黄四青六
橙(外に現れた楓樹の色)黄五赤三青一
淡青緑(光沢ある葉に空の映じて白く光る葉)黄四青一
濃緑(森林中または蔭の葉)黄十赤四青九
青緑(ドロノキの如く裏面の白い葉)黄二赤一青四
赤紫(森林中またはもっとも暗い緑蔭の色)黄色一赤八青四
濃青緑(森林中の蔭にある木の葉)黄四青八

葉の緑色をつくっているのはクロロフィル(葉緑素)で、植物色素にはこのほかに黄色をつくるカロチノイド(カロチンとキサントフィルの混合物)がある。この2つの物質の割合の変化によって葉の色がさまざまに変わるわけである。夏の青葉では、平均するとクロロフィル8に対しカロチノイド1の割合で含まれている。その割合は日当たりぐあいで変わるので、一本の木の葉でもわずかずつの緑色の変化はある。

「若葉」は「万葉集」にはなく、平安朝になって紫式部などによって詠まれ始める。当初は草の若葉と木の若葉は区別されていなかったが、近世の俳諧あたりから区別されるようになり、若葉といえば木のそれをさすようになった。個々の木の名に付いて、柿若葉、椎若葉、樫若葉というふうに言う。「青葉」がはっきり季語として扱われるようになったのは大正以降である。したがって芭蕉の句では若葉が季語である。若葉と「新緑」が対応するように青葉には「深緑」が対応する。

ざぶざぶと白壁洗ふ若葉かな 小林一茶
両岸の若葉せまりて舟早し 高浜虚子
あきらかに雀吹かるゝ若葉かな 原 石鼎
傘すけて擦りゆく雨の若葉かな 杉田久女
病弟子は師に訪はるるよ楢若葉 石田波郷
蝶ひくし青葉ぐもりといふ曇り 久保田万太郎
夜学教師に青葉ひしめくコップの水 細見綾子
筥の口薄々ひらく青葉騒 赤尾兜子
新緑や暁色到る雨の中 日野草城

2002-05-13 公開