季節のことば

日本の生活や文化に密着した季語の中から代表的なものを選び、その文化的な由来や文学の中での使われ方などを解説する、読んで楽しく役に立つ連載エッセイです。

晩夏―其の二【浴衣(ゆかた)】

和服を日常的に着る習慣はかなり廃れたとはいえ、浴衣に対する人気は現在もなかなか根強い。いまでも夏祭り、花火、縁日、盆踊りなどには欠かせない風物詩の一つである。しかしそれが現在のかたちになったのは、それほど古いことではなく江戸時代に入ってからである。また夏には欠かせないものと認識され、つまり季語として俳句に用いられるようになったのも江戸のかなり後期から。「鬼灯(ほおづき)の種にきはづく浴衣かな」(許六)や「おもしろう汗のしみたる浴衣かな」(一茶)の季語はそれぞれ鬼灯と汗であり、浴衣ではない。

浴衣がかならずしも夏のものとは思われていなかったのは、それがもともと入浴の際に着用するものだったからである。日本人の風呂好きは有名だが、今日のように湯に入るようになったのは中世になってからで、庶民の間でそれが広まったのは江戸に入ってからである。それまではいわゆる蒸し風呂だった。

「風呂」ということば自体が、「ふろ」は「室(むろ)」につうじ、「風」は水蒸気を、「呂」は奥の深い部屋という意味で、蒸し風呂をさしたのである。蒸し風呂に入る際には、汗をとり、火傷などをしないように「湯帷子(ゆかたびら)」という麻の単衣(ひとえ)の着物を素肌に着た。また蒸し風呂に入る習慣はお寺による「施浴(せよく)」として始まり、それは人々を入浴させて功徳を施す宗教行事だったので、他人の肌に直接触れないようにという意味もあって、この湯帷子を着用したのである(施浴は宗教行事なので無料。そのなごりが現在でも風呂に入ることを「もらう」とか「いただく」という言い方に残っている)。この「ゆかたびら」の「びら」がとれて「ゆかた」になったのである。それは汗を拭うという意味で、「手拭(てぬぐい)」に対して「身拭(みのごい)」ともいわれた。つまり昔の浴衣は下着の一種で、人前で着るものではなかったのである。

その後、銭湯が普及してくると、湯帷子は簡略化されて、男は湯褌(ゆふんどし)、女は湯もじ(腰に巻く「湯巻き」の女房詞)を着用して入浴するようになり、浴衣は入浴後に着る単衣をさすようになる。つまりバスローブ。したがってまだ銭湯以外では着るものではなかったのである。しかしそれとは別に江戸初期の盆踊りの流行がさまざまな風流踊りを生み、見栄えのする模様を染め抜いた踊り浴衣(盆帷子)が普及してくる。それにはそれまで高価だった木綿が国内で大量生産されるようになってきたことも大きな力となった。その結果、浴衣はようやくお風呂と縁を切り、街中でも大っぴらに着ることのできるものとなってきたのである。また歌舞伎役者たちが意匠をこらしたさまざまな柄が、大衆の人気を集めて流行したこともあって、江戸後期に浴衣は夏のお洒落着としてすっかり定着することになるのである。

何事も古りにけるかな古浴衣 高浜虚子
老が身の着かへて白き浴衣かな 村上鬼城
張りとほす女の意地や藍ゆかた 杉田久女
親に似て肩幅ひろき浴衣かな 久保田万太郎
糊つよき浴衣しゃっくりいつとまる 秋元不死男
生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣 橋本多佳子
浴衣着て水のかなたにひとの家 飯田龍太
弟の形見の浴衣筒袖を
 なつかしみ着てわが病ながし 窪田章一郎
君がまだ知らぬゆかたをきて
 待たむ風なつかしき夕なりけり 馬場あき子

2002-07-22 公開