季節のことば
日本の生活や文化に密着した季語の中から代表的なものを選び、その文化的な由来や文学の中での使われ方などを解説する、読んで楽しく役に立つ連載エッセイです。
日本人が古くから親しんできた野菜といえば、大根はまずその筆頭格といえるだろう。『古事記』や『日本書紀』に「つぎねふ山代女の 木鍬持ち打ちし大根 根白の白腕 枕かずけばこそ 知らずとも言はめ」という仁徳天皇が皇后に贈った歌がみえる。この大根は「おおね」といい、これが古い呼び方。それに「大根」という漢字をあてたわけだから、漢語ではない。中国人にこの字を見せれば「大きい木の根」としか思わないだろう。中世の頃に「だいこん」と音読するようになったが、そこには「根(ね)」ということばを避けたい庶民の思いもあった。というのは飢饉になると、木や草の根を掘って、すりおろし、それを湯でといたもので飢えをしのぐことが一般的に行われていて、「根(ね)」にはどうしても飢饉の苦しみを連想させるものがあったからである。なおこの仁徳天皇の歌では、大根は白腕(しろただむき)、つまり美しい白い腕に例えられている。現代の「大根足」とは大違いである。
大根は現在、日本で最も作付面積の多い野菜で、野菜全体の一割強を占める。その六割は野菜料理用で、四割が沢庵漬けなどの加工用である。『徒然草』に大根を「よろずにいみじき薬とて、朝ごとにふたつづつやきて食ひける」役人が出てくるが、確かに大根に多く含まれるジアスターゼは米飯などの消化を助け、米飯によくあう沢庵漬けが工夫された理由もわかる。
大根は種類が多く、各地に地名を冠したさまざまな大根が栽培されている。肉質が緻密で甘味のある愛知県の宮重大根は、根の半分ほどが地上に出て緑色になるので青首大根とも呼ばれる。その形から中膨大根と呼ばれる神奈川県の三浦大根は一、二月の厳寒期に出荷され、風呂吹大根やおでんにいい。ちなみにこの風呂吹大根がなぜこのように呼ばれるかというと、昔の風呂(蒸し風呂)には「風呂吹き」と呼ばれる垢を擦ってくれる役目のものがいて、そのしぐさが熱い大根に息を吹きかけて冷ましながら食べる様子に似ていたからだという。熱くなった体に息を吹きかけて擦ると確かによく垢がとれる。世界最大の丸型大根である桜島大根、世界最長の守口大根というふうに、その形や大きさもさまざまである。
春の七草の一つスズシロは野生の大根で、正月に鏡餅の上に飾ったので鏡草といわれた。スズシロや鏡草がわずかに和歌に詠われることはあったが、それはほとんど例外といってよい数で、大根そのものが詠われるようになったのは俳諧の時代になってからである。大根の情趣を発見したのは俳諧といってよい。「菊の後大根の外更になし」(芭蕉)。
大根に実の入る旅の寒さかな 斯波園女
大根引き大根で道を教へけり 小林一茶
畑大根皆肩出して月浴びぬ 川端茅舎
流れ行く大根の葉の早さかな 高浜虚子
2001-11-19 公開
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