季節のことば

日本の生活や文化に密着した季語の中から代表的なものを選び、その文化的な由来や文学の中での使われ方などを解説する、読んで楽しく役に立つ連載エッセイです。

新年―其の一【元日(がんじつ)】

一年のはじまりの日、つまり元日の朝、元旦は「明けましておめでとうございます」という挨拶とともにはじまるわけだが、いったいぜんたい何がめでたいというのだろうか。

元日とはそもそも正月の満月の夜に、年(歳)神様をお迎えして、旧(昨)年の無事と豊作を感謝し、今年も同様であることを祈る日であった。旧暦の正月十五日にこの日はあたり、明治六年まで使われていた太陰太陽暦(天保暦)の名残である。この暦制が太陽暦(グレゴリオ暦)にとってかわっても、この日に行なわれていた行事やしきたりは「小正月」として伝承され、左義長、どんど焼き、なまはげなどのさまざまな行事がいまでも各地で催されている。

白川静さんによれば「年」は穀霊に扮して舞う男女の姿を写した字で、「稔(みのり)」の意味だという。豊穣を祈る農耕儀礼だったのである。したがって年神とは農耕において五穀を司る作神としての性格を強く持っていた。

しかし一方、陰陽道における年神はそれとは性格を異にし、年ごとに人間界に来訪する神霊を歳徳神といった。その名は婆利釆女(はりさいじょ)といって、祇園精舎の守護神である牛頭天王の后であり、方位の吉凶を司る八将神の母でもあった。牛頭天王は御霊信仰と習合し、現在では八坂神社の祇園様となっている。

もともと日本に伝えられてきた年神信仰が陰陽道の歳徳神と合体し、さらにこれに祖先の霊が加わって、年神の性格が出来上がってきたと考えられる。「おめでとう」は、その年神へ対する祝福のことばなのであって、本来、人間同士の挨拶として交わすものではないのである。

婆利釆女が八将神の母であったことで、その年の年神が宿る方角は縁起のいい方角とされ、それを「恵方」という。そもそも初詣はこの恵方を参る「恵方参り」に由来するものであった。恵方参りではその年の恵方にあたる神仏にお参りして、その年の豊穣と無事を祈ったわけだが、現在の初詣では、この恵方の考え方が完全に失われている。また恵方参りする日は元日のみに限られていたが、正月三が日にお参りしても初詣というようになった。

お正月につきものの年賀状だが、これは旧暦時代の「大小暦」にルーツがあるらしい。これは旧暦ではひと月が三十日ある月を大の月、二十九日の月を小の月としていたが、この配列順序はたいへん複雑多様なので、それを絵や歌で表した大小暦が必需品だった。つまりカレンダー。これを年始の挨拶回りにお客や知人に配ることが行なわれていて、年賀状につながったといわれている。

元日やされば野川の水の音 小西来山
さりながら道の悪るさよ日の始 小林一茶
混沌として元日の暮れにけり 尾崎紅葉
元日や手を洗ひをる夕ごころ 芥川龍之介

2001-12-27 公開