新しい言葉を追加し、既存項目にも修正を加えていくという、成長する辞書『デジタル大辞泉』。だが、煩雑な作業を要する辞書作りにおいて、年3回の更新は生半可なことではない。いったい、どのようにして、日々の更新はなされているのだろうか。新しい言葉は、いかにして選び出されているのだろうか。
『大辞泉』の進化の模様を探る──大辞泉編集長の板倉俊氏にお話を伺う、第2回。
編集長の一日は
2時間の新聞熟読から始まる
──年3回のアップデートはどのようなプロセスでなされているのですか。
毎朝、iPhone片手に、新聞を読むことから始まります。そこに出てきた、これは、と思う言葉を『大辞泉』で引いてみる。引いても出てこないものは、その単語と新聞名、日付、ページなどを紙に書き出していくんです。1日に10~20語程度は、新しい言葉が見つかります。
──気が遠くなる作業です。
決して楽ではありませんが、「旬」の言葉を探すためには欠かせない作業です。また、これとは別に自然科学・地名・人名など、そのジャンルで必要と考える項目を各担当者が探しています。一瞬で消えていく言葉もありますから、新しければ何でも載せればいい、というものでもないんです。この辺のバランスが難しい。載せる言葉が決まると、分野の担当者から執筆を手配してもらいます。執筆、データのアップロード、校正、リンク処理などを経て項目として仕上がります。ここまでの作業をいかに短時間で行なうか、という点もこれからは重要になってくるでしょう。
──アップデートはいつ行なっていますか。
『大辞泉』のデータベースは、毎日のように書き替えられていきますが、4月、8月、12月の年3回、校了作業を行ないアップデートされます。今回(10年3月末)の校了で悔やまれるのは、神奈川県の相模原市を政令指定都市にできなかったことです(注1)。校了後の4月1日にその記事を見つけたのですが、あとの祭りでした。
──更新の具体的な中身を教えてください。
更新では、新しい言葉を追加するだけでなく、すでに掲載されている項目の修正も大切な作業です。たとえば、社会保険庁が解体されたとなると、データベースを使って関連項目を集め、全体のバランスを見ながら加筆していきます。修正作業は、語釈の追加ももちろんですが、「バグダッド」を「バクダット」でも引けるようにするための、隠し検索キーワードの入力も同時に行なっています。複数の編集者がこのデータベースに同時にログインし、各自の作業を行なっています。すべてログが残りますので、いつ誰がどんな手を加えたか、わかるようになっています。こうした作業しやすいシステムを開発したことが、『デジタル大辞泉』の進化にも繋がっています。
核持ち込み密約に草食男子……
2010年春の更新をチェック!
──直近のアップデートでは、例えばどんな単語が新たに加わりましたか?
核持ち込み密約、外務省報償費、上限金利、ドバイショック、空走感、草食男子、タジン鍋、リツイート、リア充、藤田まこと……といったところでしょうか(左欄参照)。
──更新し続けることが、『デジタル大辞泉』の使命。
『大辞泉』には(項目が)あった」、「『大辞泉』の説明は新しい」、と多くの方に感じてもらえる辞典でありたい、と考えています。それには、辞書が時代の流れに追いつく必要がある。そのために年3回の更新があるのです。この更新作業、感覚的には、400メートル走の勢いで、マラソンを走っているような感じです。肉体的にも精神的にも、決して楽じゃない(笑)。でも、今やっておかないと、きっと後悔する。後悔するぐらいなら、走り続けたほうがいい。そう思って、『大辞泉』に向かい合っています。常に進化していく国語辞典、でありたいですね。
- 注1 神奈川県の相模原市を~
地方自治法の規定により、政令で指定された人口50万人以上の市。区を設けられるなど、普通の市とは異なる取り扱いが認められている。4月1日に指定都市となった相模原を合わせて全国では19市指定されている。
休みの日に関係なく毎朝2時間かけて新聞をチェックし、気になる言葉をピックアップ。その言葉を小さなメモに書きだしていく。この細かな毎日の作業が今にリンクする『大辞泉』を作り出している。
新年度を迎えた2010年4月の更新。最新項目では、新しくなる制度や政治、経済の注目項目が満載。また自然科学用語約330項目、海外地名約970項目、人名約220項目などが新たに立項された。最新の話題も取り上げわかりやすく解説したり、基本項目では新たな語義を追加するなど約15,000項目改訂も行なわれた。4/20現在『デジタル大辞泉』は新規3,000項目、修正約15,000項目、総項目数24万2,000項目となった。