『日本大百科全書(ニッポニカ)』の特長は、豊富なメディア資料だ。1988年に完結した書籍版(全25巻)には、約5万点もの写真・図版が収録された。こうした写真・図版の充実ぶりは、ジャパンナレッジ版にも生かされている。第5回目は編集長の吉田兼一さん、メディア担当の中村英俊さんにお話を伺う。
現地取材と企業回りの日々
書籍版『ニッポニカ』はもともと、多くの写真・図版を掲載することを目標にして編集されている。
「一つの見開きに最低1点、合計5万点を目指そう、というのが、当時の編集部の合い言葉でした」
1988年当時を知る中村英俊さんは、こう振り返る。
中村さんが担当したのは、「科学技術・工学関係」の写真と図版資料の収集だった。
「写真を撮影するため、カメラマンと組んで、全国各地を回りました。当時としては最先端のリニアモーターカーの写真を撮るために、宮崎にあった国鉄(現JR)の実験センターにも行きましたし、テレビ中継のようすを撮影するために、琵琶湖毎日マラソンを取材したこともありましたね。担当が、科学技術・工学関係でしたので、やはり最新の図版や写真が必要です。乗り物ならこれ、電気製品ならこれと、その時点の最新のものを探しだし、写真や資料集めに奔走しました。民間企業の広報部にもかなりお世話になりましたね」(中村さん)
本文原稿と集められた写真、作図された図版を元に、ページが組み立てられていくが、レイアウトの都合で、急遽、空きができてしまうこともあった。
「編集作業としては当たり前なんですが、急に『空きが埋まらないから、何か写真を探してくれ』と言われることもよくありました。そのときにはもう一度本文を読み返し、これだと思ったら、すぐに写真エージェントや企業の広報部へ飛んでいくわけです」(中村さん)
こうした書籍版で使用した写真・図版の情報は、手書きの台帳にまとめられている。
台帳は、分野ごとに分かれていて、項目別に、担当編集者名、画像内容、寸法、資料入手先、写真借用先などが記載されている。
「書籍版の写真や図版の情報は、たいへん貴重なものです。ところが、30年近く前の台帳なので傷みが激しく、しかも、編集部独特の略称を使ったりしているため、この台帳を読み解ける人間は私だけになってしまいました。そこで、メディア資料を次世代に受け継ぐべく、現在、手書き台帳を電子データ化し、略称・略語の表記変更作業を進めています」(中村さん)
現在もメディア管理を担当する中村さんのもとには、「○○という項目の△△の図版を使いたい」という問い合わせが来るという。中村さんは百科事典と台帳をつきあわせ、回答している。
充実のメディア資料
ジャパンナレッジでも、『ニッポニカ』で検索すると、多数の図版や写真がヒットする。
「現在、ジャパンナレッジ版『ニッポニカ』には、写真約9900点、図版約9800点が収録されています」と吉田編集長。
書籍版で使用した写真・図版を、そのまま使えばいいか、といえばそうではない。
「写真に関しては、権利の問題がありますので、勝手にそのまま載せるというわけにはいきません。また、被写体の建物が改装されていたりするものについては、新しい写真を載せなくてはいけない。図版に関しても、時代とともに機器の呼び方などが変わってきているものもあるため、そういうところにも注意が必要です。もちろん、改訂された本文との整合性をとるのは当然のことです。このように1点1点、慎重にチェックしながら、ジャパンナレッジで公開しています」(中村さん)
中村さんは、1998年のCD-ROM版、2001年のDVD-ROM版から引き続き、ジャパンナレッジ版でもメディア編集を一手に請け負っている。随時、新しい写真を追加収録しているが、書籍版で使用した写真の見直し、図版の選択・編集も、作業上大きな割合を占める。それには、当然、全巻を見返さなければならない。
「CD-ROM版のときから数えたら、『日本大百科全書』全巻を何度見返したでしょうか。今では、例えばこの項目のこの図は何巻のこのあたり、左ページの4段目、ぐらいはわかるようになってしまいました」(中村さん)
アイウエオ順に整理された写真・図版の台帳。資料入手日から完成・渡し日まで、いつ何をしたのか一目でわかる。
96年に発売された電子ブックプレイヤー。入らなかった書籍版の約8500点の写真や図版は、付録の書籍版1036ページの『大図鑑』に収録。
電子ブックに続き、98年には、CD-ROM版の『スーパー・ニッポニカ』を発売。『ニッポニカ』に『国語大辞典』を加えたもの。2001年にはDVD-ROM版になって発売(写真は2003年発売のもの)。