日々、改訂や新規立項作業を行なっている『ニッポニカ』。その現場はどうなっているのか? 第1回目は編集長の吉田兼一さんにお話を伺いながら、『ニッポニカ』の“現在”をレポートする。
世の中の変化にどう対応するか
某月某日、この日は通称「C会議」が行なわれていた。参加メンバーは、外部スタッフも含めて約10名。司会進行役が、検討項目を読み上げ、それに対して対応を協議していく。たとえばこの日の議題に出たのは、「シンクロナイズド・スイミング」。2017年7月、国際水泳連盟は「シンクロ」の名を「アーティスティックスイミング」に変更すると発表した。こうした名称変更も、即時対応するべく会議で話し合われる。
「ここで言う『C会議』は、内部用語で、他に2つの会議を設け、迅速な改訂を行なうよう心掛けています」(吉田さん、以下同)
会議は次のように分けられている。
・A会議/特別分野。現在は医学を中心に、毎月、立項・改訂を行なっている。
・B会議/重点分野。3か月ごとを目安に集中的な改訂を行なう。
・C会議/変化対応分野。法律や地名の変更、経済変動など、世の中の変化に即時対応していく。
「たとえばB会議では、『現代中国』や『宇宙開発』を取り上げました。一般の関心が高いジャンルで、かつ大ニュースになってもなかなか内容が理解しにくい分野――つまり検索したくなる分野を選び、分野ごとに新たに“分野編集長”を立てます。その編集長のもと、1か月に30本から50本の立項・改訂を目標にして作業を進めます。
A会議で医学を中心としているのは、ユーザーの関心の高さがあるからです。2016年末に、医療情報サイトの不正確な記事が問題となり、いわゆる“ネット情報”の信頼性がゆるがされました。医療健康分野の書籍や雑誌も玉石混淆で、ネットには偽情報も多い。ユーザーが知りたいのは自分に合った正確な情報です。そこで、われわれの出番だろうと考えました」
なぜここまで「改訂」にこだわるのか。
「『ニッポニカ』が書籍として世に出たのは、94年1月の改訂版が最後。今から20年以上前です。ところが現在、ジャパンナレッジなどを通して、『ニッポニカ』を利用されているユーザーは、“いま”を生きている人たちです。『ニッポニカ』の中には、20年経って中身は間違っていないが古いもの、あるいは中身が変わってしまったものが出てきてしまいました。ユーザーの側に立てば、これでは使い勝手が悪い。刻々と変化する世の中に対応し、新しくかつ正確な情報を提供することは、百科事典の使命です。そこで迅速な改訂や新規立項を進めているのです」
知識と教養の門番
一方で、新たな事典・辞書づくりと違って、改訂作業は地味に見える。
「私が『ニッポニカ』の編集部に異動したのは、2015年のことです。それまで『女性セブン』や『週刊ポスト』など、“いま”を切り取る雑誌に長くいました。正直、メンテナンスが中心の事典の作業は、魅力的に感じませんでした。ところが実際にやってみると、想像していた現場とまったく違いました。扱う範囲も幅広く、奥が深い。そして、事典の中身も世の中の変化に連動している。事典が“いま”を扱っていることに気づいたのです」
事典の本来の目的は、「専門家と“知りたい人”を繋ぐことにある」と吉田さんは言う。
「その目的は、現在も変わっていません。だからこそ、なおさら私たちは“いま”にこだわりたい」
たとえば2017年6月、A会議、B会議、C会議で新たに33項目が新規立項され、改訂は243項目におよんだ。新規・改訂の文字数のトータルは、なんと11万6446文字。これは新書1冊分に相当する。
「私たちの仕事はいわば、“知識と教養の門番”です。これからも正確な情報を、スピード感をもって発信していきたいですね」
『日本大百科全書』(以下、ニッポニカ)の書籍版。1984(昭和59)~89(平成元)年のシリーズ25巻と94年の補巻あわせて26巻が刊行されている。デジタル版はこの書籍版がベース。ちなみに補巻は巻頭に『ニッポニカ』が発売された84年から93年までの10年間の年表を掲載。東西の冷戦が終わり、日本も昭和から平成へと時代が変わったという激動の時代が一冊に収まっている。
月に1回開催されるC会議の様子。メンバーは吉田編集長を入れて約10名(この日は7名)。会議に費やす時間はおよそ4時間半だ。
(写真/田中麻以)
C会議の立項検討表。新聞や官公庁のホームページなどから変化対応項目をピックアップ。この日は380もの項目が検討されていた。