JapanKnowledgePresents ニッポン書物遺産

ジャパンナレッジに収録された、数々の名事典、辞書、叢書……。それぞれにいまに息づく歴史があり、さまざまな物語がある。世界に誇るあの本を、もっと近くに感じてほしいから、作り手たちのことばをおくります。

日本近代文学大事典 episode.1

創立50周年の記念事業として

――デジタル版にいたる経緯を教えてください。

中島 6巻版の『日本近代文学大事典』が刊行されたのは、1977(昭和52)年11月から78年3月にかけてです。その後人名篇3巻分を再編集した机上版1巻(1984年)を刊行したものの、元版以来、すでに40年以上が経過していました。これをなんとか活用したいという思いがあり、日本近代文学館の創立50周年の記念事業の一環として、2011(平成23)年に「デジタル版」が立案されました。

紅野 『日本近代文学大事典』を超える文学事典はその後も出版されていませんが、これは40年以上前の事典です。事典とは本来、いまを捉え直すデータベースでなければなりません。とするなら、デジタル版にすることは不可欠です。紙の辞書だと情報が固定されてしまいますが、デジタルならば更新が可能です。増補・刷新も可能なデータベースというものを当初から構想していました。

中島 早速、元版を刊行してくださった講談社の出版部長にお会いしましたが、講談社にはすでに辞書編集部がありません。デジタル化することを快諾してくれましたが、何もかもこちらでやらなければならない。費用も数千万円かかる。2017年から、近代文学研究者の安藤宏さん(東京大学教授)、宗像和重さん(早稲田大学教授)にも加わっていただき、紅野さんと私の4人で、「デジタル版」を推進していくことになりました。そんなタイミングで、日本文藝家協会の後援をいただけることになりました。

紅野 といっても、最初の版が出てから、40年以上経過しているわけです。この空白をどう埋めるか。ここが問題でした。そこで、編集作業チームを、元版記事の増補改訂、書き直し、新規項目の3チームに分け、当初の4人に、さらに13人の編集委員に加わっていただき、膨大な作業を進めていきました。5年かかりましたね。

新しい文学地図が浮かび上がる

――では、具体的にはどんな変更や新規追加があるのですか?

紅野 例えば、中上健次(1946~1992)や津島佑子(1947~2016)です。中上が『岬』で芥川賞を受賞したのは、1975年のこと。6巻版刊行の1年前でした。津島も最初の文学賞の受賞は、76年(『葎の母』で田村俊子賞)。6巻版刊行時は、どちらも新人作家です。紹介文はわずか数百字でした。

中島 このままにしておくのは、文学事典としてはやはり問題ですよね。どちらも以後の近代文学に大きな影響を与えた作家ですから。

紅野 中上、津島は、全面書き直しで新たに原稿を作り直しました。元版の情報も意義のあるものなので、デジタル版には元の原稿と書き直し原稿の2つを収録しています。ただし、すべての作家を書き直すわけにはいきません。そこで、6巻版刊行時にすでに鬼籍に入っておられた作家に関しては、改稿はなし。それ以外に関してはその都度、検討する、ということで作業を進めました。

中島 最終的には、夏目漱石や太宰治などに関しても、現在の最新研究を元にした情報を追加したいと思っているのですが、それはこれからの話です。書き直しに関していえば、中上や津島は、少なくとも元版に掲載されていました。ところがなかには、載っていない人もいる。

紅野 例えば、村上春樹や村上龍といった人気作家も、元版には未掲載でした。そこで今回、新規に立項しました。新たに追加された作家は78名います。


――デジタル版ならではの特徴を教えてください。

中島 紙の辞書の場合は、どうしても文字数の制限が出てきます。ところがデジタル版には制約がない。ある程度の目安の字数はありますが、制約のない分、意欲的な文章が揃いました。

紅野 今回、デジタル版になったことで、新たな試みとして他項目へのリンクを張りました。ジャパンナレッジで検索してもらえればわかりますが、右側の「関連項目」がそれです。例えば森鴎外を検索すると、「関連項目」として、「西周」「二葉亭四迷」「樋口一葉」といった人名や、徳富蘇峰の「国民之友」といった新聞・雑誌名、「非自然主義」などのキーワードがずらっと出てきます。繋がりを関連付けて読むことができるので、その時代の空気を探り当てることも可能になり、これはこれで際限がありません。

中島 楽しいですね。リンクをたどり続けていくと、寝られなくなります(笑)。

紅野 私たちが想定している以上の関係性、たとえるなら新しい文学地図が、このリンクによって浮かび上がりました。これは私たちにとっても発見でした。

中島 私たち以上に、ゲームやパソコンに親しんで来た世代は、こうしたデジタルデータの扱いに慣れているでしょう。文献探索のスピードも速い。そうしたスキルと、今回のデジタル版が結びつけば、新しい文学研究が生まれてくるでしょう。

紅野 文学は「生きている」ということです。今回のデジタル版には、新聞・雑誌の巻、事項の巻もデータベースとして加わっています。作家名から経糸、緯糸を探っていくなかで、たくさんの情報がヒットするでしょう。こうして得た情報から、文学をめぐる見方を一変させていってほしい。それができるデータベースになっていますから。

中島 なにしろ更新し続けるデータベースですからね。研究者は書き手として、作家は項目名として、このデジタル版に関わっていただけるとよいですね。

紅野 責任重大ですが、年1回の更新ペースで、つねに新しい『日本近代文学大事典』をお届けします。






ジャパンナレッジ「日本近代文学大事典」の「中上健次」の項の画面画像

ジャパンナレッジ「日本近代文学大事典」より「中上健次」の項。項目の上部には2021年の新たに書き直されたもの、下部には1984年のものを併載。

森鷗外の関連項目

森鷗外の関連項目はなんと59項目。「樋口一葉」、「東京医事新誌」といった鴎外ならではのものにまじり、「原稿料」という興味深いキーワードも。

増補改訂デジタル版の校正紙の一部の画像

「増補改訂デジタル版」の校正紙の一部。校正紙をプリントアウトし紙の上で修正を加えるというアナログ作業で、校正紙の枚数も膨大となった。

増補改訂デジタル版での外字や異体字の選別メモの画像

「増補改訂デジタル版」での外字や異体字の選別メモ。活字フォントを持たない文字を文字コードがあるかどうかここでチェックし、持たないものは作字して画像で対応した。

結城秀雄編『正誤刪正「日本近代文学大事典・机上版」』(中野書店)

結城秀雄編『正誤刪正「日本近代文学大事典・机上版」』(中野書店)。机上版の間違いを正したもので、デジタル版リリースの際の参考文献となった。

中島国彦(なかじま・くにひこ) 中島国彦(なかじま・くにひこ)

1946年東京都生まれ。日本近代文学館理事長、早稲田大学名誉教授。早稲田大学大学院修了、文学博士。1995年『近代文学にみる感受性』(筑摩書房)でやまなし文学賞受賞。著書には『漱石の地図帳 歩く・見る・読む』(大修館書店)、『森鷗外 学芸の散歩者』(岩波新書)など。


紅野謙介(こうの・けんすけ) 紅野謙介(こうの・けんすけ)

1956年東京都生まれ。日本近代文学館理事、日本大学文理学部特任教授。早稲田大学大学院文学研究科博士課程中退。父は早稲田大学名誉教授・紅野敏郎氏。著書に『書物の近代』(ちくま学芸文庫)、『国語教育の危機』(ちくま新書)、『職業としての大学人』(文学通信)など。





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