JapanKnowledgePresents ニッポン書物遺産

ジャパンナレッジに収録された、数々の名事典、辞書、叢書……。それぞれにいまに息づく歴史があり、さまざまな物語がある。世界に誇るあの本を、もっと近くに感じてほしいから、作り手たちのことばをおくります。

江戸名所図会 episode.4

『江戸名所図会』がガイドブックの嚆矢ならば、江戸時代の旅とは? 鈴木章生目白大学教授×お江戸ル堀口茉純のトークバトル4回目。

『江戸名所図会』がガイドブックの先駆け?

堀口「『江戸名所図会』は全7巻20冊ですから、さすがに持ち歩きはしなかったと思うんですが、日本の旅行ガイドブックの先駆けだと思っているんです。例えば、外国の旅行ガイドブックを見ると、体験者のレポートなど文字ばかりです。でも日本のガイドブックは、どれも写真が豊富。写真が主役といってもいいほどです。これは『都名所図会』に始まり、『江戸名所図会』で成熟した『名所図会』の伝統からきているんじゃないかと思っているんです」

鈴木「それは面白い指摘ですね」

堀口「日本はアニメやマンガも盛んですよね? こうした二次元文化が隆盛の理由も、『江戸名所図会』にあるんじゃないか!」

鈴木「そこまで言い切れるかわかりませんが(笑)、俯瞰の絵などは、『名所図会』シリーズで確立したといっていいかもしれません」

堀口「当時の人は、『江戸名所図会』をどんな風に楽しんだんですか?」

鈴木「今のお金で15万円以上したでしょうから、購入層は限られています。大店の主人や知識人。一家に一セット揃えることがステータスだったのではないでしょうか。そして何かの折に開いては確認する。それは行事の確認というだけでなく、『自分たちが生活する江戸には、周囲に誇れる歴史と伝統がある』ということを再認識していたんだと思います。自らのアイデンティティーの確認ですね。戯作者の滝沢馬琴などは、地方の友人から『江戸名所図会』を送ってくれと頼まれたりしています」

堀口「そうか! これは『おらが町自慢』でもあるんですね。江戸に上京してきた人や、旅人も『江戸名所図会』を見たんでしょうか?」

鈴木「その可能性はあると思います」

堀口旅籠屋(注1)に置いて閲覧させたりとか……」

鈴木「面白いですね。そういうこともあったかもしれませんが、部屋に置いてあったら盗まれてしまうかも(笑)。」

江戸時代にパック旅行があった!?

堀口「江戸時代って、どんな風に旅行をしていたんですか? 今ならガイドブック片手に、簡単に旅行に行けますし、パックツアーも利用できます」

鈴木「江戸時代に実は旅行のパッケージ化が始まっているんです。"講"(注2)って聞いたことありますよね?」

堀口「庚申講とか、富士講の"講"ですか?」

鈴木「そうです。例えばその富士講ですが、ひとつの目的は富士詣、つまり富士登山です。富士までの道々には、富士講の人たちのための宿舎が、彼らにわかるように用意されている。このように、"講"のメンバーになっていれば、途中の宿の心配をすることなく旅ができるのです。宿屋にとっても、講のメンバーということで身元を保証してもらえる。こうして伊勢神宮などへの参拝がパッケージされていったのです」

堀口「旅行パックって現代社会のものだと思ってました! じゃあツアーガイドは?」

鈴木「これもね、どうやら江戸時代はすでにいたようなんです。例えば訴訟で奉行所などに呼び出された地方の百姓が、江戸に来る。毎日奉行所に行くわけではないので暇ができる。すると観光です。宿屋の主人が、ガイドをあてがったようなんですが、その辺をプラプラしているフリーター、つまり遊び人を臨時ガイドに雇ったんです。当時の記録を詳細に見ていくと、彼らは浅草寺や王子稲荷、目黒不動や両国といったところに連れて行ったようですね」

堀口「そうだったんですか! だから名所まで迷わずにたどり着けたんですね。宿屋の主人は、『江戸名所図会』をアンチョコにして、旅人にアドバイスをしていたりして(笑)」

鈴木「『江戸名所図会』はウンチクの宝庫ですからね」



  • 注1 旅籠屋
    宿駅で武士や一般庶民の宿泊する食事付きの旅館。近世においては、普通に旅人を泊める平旅籠屋と、黙許の売笑婦を置く飯盛旅籠屋とがあった。はたご。
  • 注2 
    神社、仏閣への参詣や奉加、寄進などをする目的でつくられた信者の団体。伊勢講、稲荷講、大師講などの類。またはそれから転じて、ある娯楽をしたり親睦のために同好者が集まった寄り合い。



【隅田川堤春景】(7巻19冊97丁)が堀口さんが選んだ好きな図会の3位。8代将軍吉宗が植えた墨提の桜は満開。振袖に縞小袖…女性陣のさまざまな着物にも注目!

【十二月十八日 年の市】(6巻16冊15丁)。毎年12月17日・18日に行われる年の市。手桶や注連縄など正月用品が売られている一方で、買い物帰りの男たちで居酒屋や蕎麦屋がにぎわっている。江戸の年末らしい光景。

【日本橋】(1巻1冊13丁)。日本橋は五街道の起点で、江戸で最もにぎわった魚河岸がある商業地。日本橋川はたくさんの船でにぎわい、橋も人であふれ返っている。威勢のいい江戸っ子たちの声がいまにも聞こえてきそう。  

堀口茉純さんがナビゲーターをつとめる「お江戸、いいね!~I Like! EDO」Facebookページで絶賛公開中!


鈴木章生(すずき・しょうせい) 鈴木章生(すずき・しょうせい)

1962年愛知県生まれ。89年、立正大学大学院文学研究科卒業。江戸東京博物館勤務を経て、現在、目白大学社会学部地域社会学科・同大学院国際交流研究科教授。専門は日本史。江戸の都市生活や文化を研究。『江戸名所図会』 CD-ROM版(ゆまに書房)の監修を務めた。


堀口茉純(ほりぐち・ますみ) 堀口茉純(ほりぐち・ますみ)

東京都足立区生まれ。明治大学文学部卒業。女優として舞台やテレビドラマに多数出演する一方で、江戸文化歴史検定一級を最年少で取得。以降、お江戸ル(お江戸のアイドル)として、文筆や講演でも活躍。2011年秋には徳川15代将軍をテーマに単行本を出版予定。




ジャパンナレッジとは 辞書・事典を中心にした知識源から知りたいことにいち早く到達するためのデータベースです。 収録辞書・事典80以上 総項目数480万以上 総文字数16億

ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。 (2024年5月時点)

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る