ニッポン書物遺産
ジャパンナレッジに収録された、数々の名事典、辞書、叢書……。 それぞれにいまに息づく歴史があり、さまざまな物語がある。 世界に誇るあの本を、もっと近くに感じてほしいから、作り手たちのことばをおくります。
ジャパンナレッジに収録された、数々の名事典、辞書、叢書……。 それぞれにいまに息づく歴史があり、さまざまな物語がある。 世界に誇るあの本を、もっと近くに感じてほしいから、作り手たちのことばをおくります。
――2026年の春から、『新カトリック大事典』がジャパンナレッジに搭載されました。
サリ
これは大きな出来事です。
私は、生活インフラの水道や電気と同様に、「学際インフラ」が大事だと考えています。「学際インフラ」とは、広く知見を一般社会に還元し、次代の研究や学習をよりよくするための学術参照基盤のこと。ジャパンナレッジはインターネット上の知のプラットフォームです。ここに『新カトリック大事典』が搭載されたことで、インフラ化が進みますし、何より、これまでカトリックに関心をお持ちでなかった方の目に触れる機会が増えます。
――『新カトリック大事典』は「知のインフラ」であると。
サリ
ええ、そう考えています。日本社会におけるカトリックの組織や教義、神学、哲学、倫理などを学ぶ機会になるのはもちろんのこと、欧米の思想や文学、音楽、歴史の背景にはキリスト教的考え方がありますので、これらの理解を深めるためにも、『新カトリック大事典』は役に立ちます。
また、現代社会を見る大きな手助けにもなるでしょう。例えば今、世界で起きている紛争の多くの背景に、宗教的対立があります。『新カトリック大事典』で検索し、調べることで、その背景の一部が掴めるかもしれません。
佐久間 『新カトリック大事典』の特徴は、日本のクリスチャンについての記述が豊富なことです。ザビエルに始まるキリスト教伝来の歴史を、一般の方が概観できる資料はなかなかないのですが、『新カトリック大事典』はそれらの理解の一助になります。カトリック信徒以外の方にとっても、日本という国そのものを知る際に役立つのではないでしょうか。
石井
これまでも書籍版の版元である研究社の「研究社Online Dictionary」において、デジタルデータを公開してきました。これはとても意義深いことでしたが、『新カトリック大事典』を読みたい、調べたいという方がアクセスするだけでした。
ジャパンナレッジでは、他の辞書・事典との横断検索が基本です。ユーザーは、『新カトリック大事典』を引いたつもりがなくても、検索結果として、偶然、目にすることになります。これがたいへん大きい。専門的な内容を保ちながらも、全体像をかみ砕いて哲学や美術史を解説している『新カトリック大事典』の個性が際立つのではないかと思っていますし、よりいっそう、開かれた事典になっていくのではと期待しています。
もうひとつ、デジタル版のメリットとして大きいのは、紙の事典と異なり、アップデートがしやすいことです。常に最新の情報をみなさんにお届けすることができます。
――現代社会における『新カトリック大事典』の意義を教えてください。
佐久間 イングランドのカンタベリ大司教を務めたアンセルムス(1033~1109)という神学者がいます。スコラ学の父と呼ばれるアンセルムスは、「理解を求める信仰」(fides quaerens intellectum)という言葉を残しています。信仰というものは知的な理解を必要とし、信じていることを可能な限り合理的な言葉で表現することが大事だ、ということです。信仰と理性というのは、対立するものではなく、共に歩むものであるとアンセルムスは言っているのですが、『新カトリック大事典』は、内外に、理解のための理性的な共通の土俵を形作ろうと試みています。
『新カトリック大事典』には、カトリックがどう変わってきたかという変革の歴史も記述されています。自分たちの宗教や現在地を絶対視するのではなく、歴史的、合理的に判断してきたのがカトリックです。歴史を俯瞰するからこそ、変化すべきものとそうでないものを検討できます。例えば教会生活の典礼儀式について読んでみると、意外と新しい時代に生まれたものだった、とわかることもあります。また、ちょっとした変化であっても、多くの人の労力や時間がかけられているということもあります。そのような変化の道筋をたどることが、他者との対話の前提になるのではないでしょうか。こうした視座は、現代社会でも有効だと考えます。
サリ
第2バチカン公会議の大きなポイントは、他宗教との対話を進める、ということでした。それには、他宗教のことを知る必要がありますし、自分たちカトリックのことを知ってもらう必要もあります。
分断や対立が起こる背景のひとつには、相互の「対話」が充分できていないこともある。対話に必要なのは、自他の偏っていない正しい知識と理解です。正しい知識をもって対話することによってしか他宗教間対話は深まりません。その意味で『新カトリック大事典』は、知識と理解を深めると同時にさまざまな宗教や人を繋ぐ存在になり得ます。ですから、たくさんの人に検索していただきたいですね。
――現代社会はしかし、自分で調べる前に、AIが答えを用意してくれます。AI社会における辞書・事典の意味はどこにあるのでしょうか。
サリ
教皇レオ14世は、2026年5月25日に最初の回勅『Magnifica Humanitas』(人間の偉大さーーAIの時代における人格の擁護)を発表しましたが、その中でAIについてはっきりと言及していました。通常でしたら、AIのような新しい変化や技術に関しては、慎重に言葉を選ぶのですが、教皇は、「AIは諸経験、価値観、感情を欠いているため、人間の知性に代わって責任を担うことも上位に立つこともできず、またそうすべきではない」と強く踏み込みました。そしてAIのようなテクノロジーの進歩に軸足を置くのではなく、「人間の尊厳」を中心に据えるべきだと訴えました。
これはまったくその通りだと思います。AIに自分を明け渡さないためにも、私たちには、いつでも戻ることができる共通の知の基盤――「学際インフラ」が必要です。
――ジャパンナレッジにおける『新カトリック大事典』の可能性はどんなところにあるでしょうか。
石井
紙の『新カトリック大事典』を持ち歩くことはできませんが、ジャパンナレッジに搭載された今、スマホやタブレットからアクセスすれば、いつでもどこでも「正しい知識」を得ることができます。
また、各項目には「資料一覧」が記載されており、最初に検索した項目をさらに深掘りすることができます。あちこちに一発で飛んでいけるのは、オンライン版の利点でしょう。特に「主要概説項目案内」は、あるトピックについて学びたい人にとって必要なリンクがすべてまとまっていますから、学習の起点にしていただくのもよいですね。全文検索機能も便利で、検索語の表記に揺れがあっても、なるべくヒットするよう改良を重ねています。
みなさんには、ぜひ自分なりの使い方を開発してほしいと思います。
アガスティン サリ
上智学院理事長、総合グローバル学部総合グローバル学科教授。カリカット大学(ケララ、インド)で政治学およびJDV大学(プネー、インド)で哲学の学士号を取得後、上智大学神学部神学科を卒業。その後上智大学大学院外国語学研究科地域研究専攻博士前期・後期課程修了。博士(地域研究・政治学)。2009年神学部准教授、2016年総合グローバル学部総合グローバル学科教授、2017年学生総務担当副学長、2018年上智学院総務担当理事を経て2023年5月に上智学院理事長に就任。
佐久間勤(さくま・つとむ)
イエズス会日本管区管区長、元上智大学神学部神学科教授、イエズス会司祭。京都大学理学部卒業後イエズス会入会。上智大学大学院哲学研究科を経て、ドイツの聖ゲオルク哲学神学大学神学部で学び、1984年に司祭叙階。その後、ローマの教皇立聖書研究所聖書学部、教皇立グレゴリアン大学神学部を1995年に修了(神学博士)。2016年上智学院総務担当理事を経て2018年4月〜2023年4月まで上智学院理事長を務めた。
石井祥裕(いしい・よしひろ)
『新カトリック大事典』編纂室代表、日本カトリック神学院教授、『聖書と典礼』(オリエンス宗教研究所発行)編集長。上智大学大学院神学研究科博士前期課程修了。インスブルック大学(オーストリア)神学部博士課程修了。Dr. der Theol. 典礼学、実践神学専攻。1995~2024年上智大学神学部非常勤講師。