物語史のうえで、通常『源氏物語』以前に成立した物語を、前期物語と呼称するが、この前期物語の性格として、『竹取物語』『うつほ物語』『落窪物語』などのいわゆる作り物語と、『伊勢物語』『大和物語』のような歌物語の二つの系類があるということは、一般に現在の物語史の説くところである。
しかしながら、伝奇的なかぐや姫の竹中誕生や昇天を首尾に配した『竹取物語』と、秘琴伝授や求婚物語や立太子争いのような大きなテーマをいくつも抱えこんだ二十巻の巨編『うつほ物語』と、
継子いじめを主題とする家庭小説的な四巻の『落窪物語』とを、同類の作り物語として同一系列上に位置づけることは、いかにも大まかに過ぎると思われるし、昔男の生涯としてゆるやかな構成をもつ『伊勢物語』と、和歌説話集的な『大和物語』とを、歌物語の呼称のもとに一括してしまうのも、いささか手荒い扱いといわざるをえない。このような不満が生じるのは、従来の方法が、わずかに残された現存の作品のみを対象として、強引に物語史を構築しようとしたからであろう。
作り物語の場合、たしかに『源氏物語』以前の現存物語は、『竹取』『うつほ』『落窪』の三作品を数えるに過ぎないが、このほかにも、三十に余る物語が存在したことが、『源氏物語』やそれ以前の諸資料に残された
痕跡によって認められる。これらのかろうじて存在を知りうる物語は、通常
散佚物語と称されているが、じつは百パーセント散佚してしまった物語は、その存在すらも知ることができないわけであるから、幸運にも題名や
片鱗を残しえたいわゆる散佚物語は、当時世に出た物語のごく一部に過ぎないと考えるべきであろう。
当時、いかに多くの物語が作られたかは、『三宝絵詞』の序に、誇張的表現ながら、「大荒木の森の草よりもしげく、
有磯海の浜の
真砂よりも多かれど」と記され、『
蜻蛉日記』の冒頭にも、「世の中に多かる古物語のはしなどを見れば」とあることによってうかがわれる。
このような認識に立つとき、これらの散佚物語は、当然のことながら『源氏物語』以前の物語史を埋める重要な資料として、看過できないものと思われる。
いま、前期物語に属すると推定される散佚物語を列挙してみると、次のようなものがある。〈( )内はその物語の存在が確認される資料である〉
朱の盤 (紫明抄・河海抄・花鳥余情) 伊賀のたをめ (三宝絵詞・源氏「東屋」・新猿楽記) 今めきの中将 (三宝絵詞・勧女往生義) 梅壺の少将 (枕草子) 埋れ木 (枕草子・風葉集) 王昭君 (源氏「絵合」) おとぎき (枕草子) をはり法師 (うつほ「国譲上」・好忠集・続詞花集) かくれみの (枕草子・宝物集・無名草子・平家公達草紙・風葉集・河海抄) 交野の少将 (落窪・枕草子・源氏「帚木」「野分」・異本紫明抄・河海抄) 桂中納言物語 (異本紫明抄・原中最秘抄) かはほりの宮 (枕草子・狭衣・風葉集) かもの物語 (蜻蛉日記) からもり (伊勢集・うつほ「菊の宴」「国譲上」「楼の上下」・源氏「東屋」) 国ゆづり (枕草子) 狛野の物語 (枕草子・源氏「蛍」・異本紫明抄・花鳥余情) 正三位 (源氏「絵合」) 住吉物語 (能宣集・大斎院前御集・枕草子・源氏「蛍」・輔親集・風葉集) せり川 (枕草子・源氏「蜻蛉」・更級日記) 長恨歌 (伊勢集・源氏「蜻蛉」「絵合」・更級日記・夜の寝覚) 月待つ女 (枕草子・紀伊集) 道心すすむる (枕草子・風葉集) とほ君 (枕草子・源氏「蜻蛉」・更級日記) 土佐のおとど (三宝絵詞) 舎人の閨 (仲文集・拾遺集・道命阿闍梨集・うつほ「蔵開下」・続詞花集) 殿うつり (枕草子) 長井の侍従 (三宝絵詞・勧女往生義) はこやの刀自 (源氏「蓬生」・源氏古註「若紫」・河海抄・花鳥余情・風葉集・実隆公記) 花桜 (赤染衛門集) ひとめ (枕草子) 伏見の翁 (勧女往生義・元享釈書) 松が枝 (枕草子) み吉野の姫君 (大斎院前御集) 物うらやみの中将 (枕草子)
上述の物語名は、資料に見えるままの呼称であり、古物語の題名そのものに、通称・略称・異称などが多いことを考慮に入れると、正確な物語名とはいいがたいし、これらがすべて作り物語であるとも断定できないが、これらの物語名を眺めただけでも、それぞれの物語が、性格的にかなりの相違があるように思われる。
例えば『朱の盤』『はこやの
刀自』『伏見の翁』などと、『物うらやみの中将』『道心すすむる』『
交野の少将』『今めきの中将』などを、同一部類に属する物語群として扱ってよいかどうかは、慎重に検討すべきであろう。従来、散佚物語の名称のもとに、一括して取り扱われることの多かったこれらの物語は、その個々について可能なかぎり考えてみる必要があると思われる。
とはいえ、その大部分は資料不足でどうにもならないが、それでも若干の物語については、どのような性格の作品であるか、およその見当がつく。その多くは貴族社会の恋愛物語と考えられるが、注意すべきは、それとは異なる性格の物語も少なからず散見されることである。その推察の過程は紙幅の都合で割愛せざるをえないが、前掲の『朱の盤』は、比叡山東塔の
文殊楼に住む目も鼻もないのっぺらぼうの鬼が出てくる物語であったらしい。また『はこやの刀自』は、仙境の山である
藐姑射山に住む老女が養女として育てた
照満姫と、天帝である
太玉の帝とのあやにくな恋を主題とした物語で、天上界を舞台とした伝奇的な作品であったと考えられる。『伏見の翁』は、奈良の菅原寺の岡で、行基が波羅門僧を連れてくるのを翁が三年間伏して待っていた、という仏教説話を物語化したもので、このような仏教説話から材をとった物語は、仏教の流布とともに多量に作られたものと思われる。永観二年(九八四)に源為憲が尊子内親王のために著した『三宝絵詞』も、当時流行の好色浮薄な物語を退けて、仏教説話を分りやすく物語化して絵を加えたものであるから、その一話一話が仏教説話的物語と見なすこともできる。また『長恨歌』『王昭君』は、いずれも中国の故事を素材とした物語で、この類のいわば異国物語は、大陸
憧憬の風潮とともに少なからず作られたものと思われる。
このように見てくると、前期物語には、伝奇的、説話的、仏教的、異国的など、さまざまな性格をもった物語が存在したことが分る。もちろん前掲の散佚物語の題名を見ても、貴族の恋愛物語を思わせる作品のほうが多いが、これは一つにはこれらの散佚物語の資料が、『うつほ』『枕』『源氏』など、比較的新しい文献に見られるもので、当時の貴族社会に受け入れられていたものが多いということにもよるであろう。それにもかかわらず、これらとは性格を
異にする物語も少なくないことは、前期物語をひとしなみに取り扱うことを拒むものと思われる。
このような多様な物語群の中にあって、『うつほ物語』はどのような位置を占めるのであろうか。少なくとも、これを『竹取』や『落窪』と同一ライン上に置いて説明することは、困難なように思われる。
『うつほ物語』が『竹取』や『落窪』と決定的に異なる点は、それが二十巻のいわゆる長編物語であるということである。したがって、成立の事情についても、『うつほ』は他の二物語にはない特別の問題を含んでいる。その一つは物語の生成時における共有・合成の問題である。
前掲の散佚物語の中で、『交野の少将』『かくれみの』『狛野の物語』の三物語が、共通の場を持っていたらしいことの指摘は、近年の散佚物語研究の成果であった。これについてはすでに論じられていることなので
※1、詳述は避けるが、『光源氏物語抄
※2』(異本紫明抄)巻一に、
かたのゝ少将はかくれみのゝ中将のあに也。かくれみのは中将の時にあらば、かくれみのゝ東宮亮といはれし人也。こまのゝ物語のはじめの巻也。…
とあることにより、交野の少将と
隠蓑の中将が兄弟で、そのことは『狛野の物語』の第一巻にあるという、まことに衝撃的な三物語の合成の様相が見てとれるのである。中世の『源氏物語』の注釈書の記載なので、その
信憑性を疑うむきもないわけではないが、このような視点から長編物語の成立の問題を眺めるとき、改めて短編から長編への過程の一つの方法を、具体的にさし示すものと受けとめてよいのではなかろうか。
このような物語合成の様相は『うつほ物語』の成立事情を考えるうえに、まことに有効である。『うつほ』の首巻とされる「俊蔭」巻は、『源氏物語』の「絵合」巻に、飛鳥部常則の絵、小野道風の詞書というみごとな「うつほの俊蔭」の絵巻が出されており、常則・道風による絵巻制作が可能な天暦時代には、すでに秘琴伝授をテーマとした「俊蔭」巻の一部は成立していたと考えられる。一方、あて宮求婚物語をテーマとする「藤原の君」巻は、多くの求婚者たちの
相聞歌を連ねて展開されており、「俊蔭」巻とは主題も方法も異なった物語である。しかもこの両巻の冒頭は、
むかし、式部大輔左大弁かけて、清原の王ありけり。 (俊蔭)
むかし、藤原の君と聞こゆる一世の源氏おはしましけり。 (藤原の君)
というように、ともに「むかし」と起筆されていて、それぞれがもとは別個の物語として出発したものであることを示している。
ところが「俊蔭」巻の後半に「藤原の君」巻の主要人物である源
正頼が登場し、「藤原の君」巻では、あて宮の求婚者の一人として、「俊蔭」巻の主要人物である藤原
兼雅が加わってくる。このような方法によって、両巻の物語世界は合体をとげているのである。さらに物語が進むと、「俊蔭」巻の主人公
仲忠も「
嵯峨の院」巻であて宮の求婚者に加わり、「春日詣」巻では、継子いじめをテーマとする「忠こそ」巻で出家
遁世したはずの忠こそまでが、あて宮の求婚者として登場する。そのほか、貧窮の学生
藤英の出世物語や
吹上の
豪奢な源
涼の物語なども、それぞれの主要人物があて宮の懸想人となることで、求婚物語は支流を集めて大河となるように、しだいに増大発展していく。後半の政争を扱った「国譲」巻も、すでに単行で読まれていた「国ゆづり」(『枕草子』に「国ゆづりはにくし」とある)を『うつほ物語』の世界に同化したと考えることも可能である。
この物語の合成発展の方法は、同じ長編物語である『源氏物語』の生成過程にも用いられているのではなかろうか。『源氏物語』は『うつほ物語』のようなあらわな合成の痕跡を残さないが、「帚木」三帖や「夕顔」「末摘花」巻など、はじめの数巻に独立性が強いことは、やはり物語の合成による短編から長編への過程を示すものと思われる。
物語史の中の『うつほ物語』は、現存の物語のみならず、その周辺に量産された散佚物語群の多様な性格や、物語相互の合成という現象をも視野に入れて、改めて考察を加える必要があるであろう。