古典への招待

作品の時代背景から学会における位置づけなど、個々の作品についてさまざまな角度から校注・訳者が詳しく解説しています。

歌謡に見る思いのさまざま

第42巻 神楽歌/催馬楽/梁塵秘抄/閑吟集より
 この巻に収めた作品はいずれも節を付けて歌った歌の歌詞、つまり歌謡である。今でいえば、カラオケなどで歌う歌の歌詞を文学史で取り上げるとき、歌謡というのである。歌謡には儀式などで歌う表だったものから、うちうちで気楽に口ずさむものまで、いろいろな種類がある。日本の場合、上代から各時代を通じて、これらの幅広い歌謡が書き留められてきた。その中から、本巻には、代表的な四種の書き留めが選ばれている。
 最初の神楽歌は、平安宮廷で歌われた神事歌謡である。神楽は上代から行われた我が国独特の歌舞芸能であり、今日でも神社で行われていて、広くはその歌謡を含むが、その代表ともいうべきもの。御神楽の順序にしたがって、書き留められた楽譜の形で伝来する。各歌謡は神の来臨から名残を惜しんで送る明け方までの全体の流れの中でそれぞれに役割を持って歌われるのである。それとともに本来地方民謡であったものが取り込まれて使われている場合、もとの歌にこめられた昔の農村の生活に根ざした感情がうかがわれて興味深い。例えば、
陸奥みちのくの 梓の真弓 が引かば やうやう寄り 忍び忍びに 忍び忍びに(一七番)
というのは、神の憑代よりしろである採物とりものの「弓」の末の歌である。神事の中では、弓の霊性を称える役割を担っているが、もとは東北地方の歌垣で歌われたものらしい。男性から女性への明るい呼びかけの歌である。ここにも繰り返しが見られるが、繰り返しを極限まで用いた次のような歌謡もある。
総角あげまきを 早稲田わ さ だりて や そをふと そをふと そをふと そをふと そをふと(本)
そをふと なにもせずして や 春日はるひすら 春日すら 春日すら 春日すら 春日すら(末)(五四番)
 これは祭も神と人とがともに興ずる興宴へと高揚する前張さいばりの中の一首である。総角は髪型で、ここではその髪型に結った少年をさす。この歌の主体は少年の母とも恋人の娘とも言われるが、心配する気持が「そを思ふと」と「春日すら」を五回ずつ繰り返すことで表されているのである。いろいろに解釈できることや、繰り返しの使い方なども歌謡の面白さと言えよう。
 次の催馬楽さいばらは、やはり平安宮廷において歌われた貴族の歌であるが、地方民謡や流行歌謡を雅楽の曲節にあてはめたものである。これも古譜の形で伝来する。もとが民謡などであるから、親しみやすい感情の表出がさまざまに見られるのである。
東屋あづまやの 真屋ま やのあまりの そのあまそそき われ立ち濡れぬ 殿戸とのど開かせ
かすがひも とざしもあらばこそ その殿戸 我鎖われささめ おし開いて来ませ われ人妻ひとづま(六番)
という歌などは、男女の唱和体になっている。通い婚の習俗を背景に生み出された歌で、催馬楽の中でもよく歌われたらしい。『源氏物語』の巻の名にも取られ、また、紅葉賀の巻には実際にこの歌を歌う場面も出てくる。後世の和歌や歌謡などにもよく引用されている歌である。
更衣せころもがへむや さきむだちや きぬは 野原篠原の はらしのはら はぎ花摺はなずりや さきむだちや(二〇番)
というのは、季節によって衣服を改めることを歌うもので、春夏はハギノハノスリ、秋冬はハギノハナズリと歌ったとの伝えがある。男女が衣服を交換する意味にとる説もあり、歌う場によってはそのような思いをこめるものともなろう。「さきむだちや」ははやしことばで、もとの意味は公達に呼びかけるもの。こういうはやしことばによるノリのよさも歌謡の特性である。
田中の井戸ゐ どに 光れる田水葱た な ぎ め摘め吾子女あ こ め 小吾子女こ あ こ め たたりらり 田中の小吾子女(五四番)
というのは童謡の一首。「たたりらり」は笛の音を声で表す唱歌をはやしことば風に取り入れたもの。タリラリやタラリラリとする本もある。昔の童謡は予兆など裏の意味を持つことも多いが、これは単純なわらべうたと見られていて、子供同士の呼びかけとする見方もある。
 三番目の今様を集成した『梁塵秘抄』の成立は平安時代も末、中世の幕開けのころである。神楽歌や催馬楽などが古典的になってきた時期に新しく派手で当世風の歌謡が歌い出され、院政期には流行のピークに達した。伝えたのは、くぐつめやあそびなど、専門の歌い手の女性たちで、貴族たちにも歌われた。
竜女はりゅうにょ仏に成りにけり などかわれらも成らざらん 五障ごしゃうの雲こそ厚くとも 如来月輪によらいぐわちりん隠されじ(二〇八番)
というのは、伝来する今様の種類の一つである法文歌ほうもんのうたである。法文歌には仏への思いがさまざまに歌われているが、この歌の背景には、末世に入ったとされて、来世往生を人びとが強く願った院政期の風潮と、中でも成仏に障害があるとされた女性たちの切実な思いがあるものと思われる。
 伝来する今様のもう一つの種類である神歌かみうたのほうは、神仏への思いとともに、もっと世俗のさまざまな思いを表現している。例えば、
われを頼めてぬ男 角三つのみひたる鬼になれ さて人にうとまれよ 霜雪しもゆきあられ降る水田みづたの鳥となれ さて足冷たかれ 池の浮草うきくさとなりねかし とりかう揺り揺られありけ(三三九番)
というのは、いつまで待ってもやってこない不実な相手に対して発せられた女性の激しい思いである。男性の側からの強い執着の思いを歌った次のような歌謡もある。
美女うびんぢょうち見れば 一本葛にひともとかづらもなりなばやとぞ思ふ もとよりすゑまでらればや 切るとも刻むとも 離れがたきはわが宿世(三四二番)
このような、上品な和歌などには決して見られない生な感情表現が、歌謡には多く見られるのである。そうかと思えば、
君が愛せし綾藺笠あやゐ がさ 落ちにけり落ちにけり 加茂川か も がは川中かはなかに それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は(三四三番)
のように、のびやかに繰り返しも快く恋の思いを歌い上げた歌謡もある。綾藺笠は武士の用いたもので、若武者の姿が想起される。何となくゆったりとした舞の手も思い浮かぶような一首である。また、
心凄きこころすごもの 夜道船道よ みちふなみち旅の空 旅の宿 木闇こ ぐら山寺やまでらの経の声 思ふや仲らひの飽かで退く(四二九番)
というのは、今様に多い物尽くしの形をとった思いの表出とも言えよう。「や」は調子を整える助詞である。
淀川よどがはの底の深きにあゆの子の という鳥に背中はれてきりきりめく いとほしや(四七五番)
というように、被害者の立場で鵜飼の行為を取り上げた歌謡もある。それも「鮎」でなく「鮎の子」としているが、他にも人間の子供の世界を歌ったものも何首かある。また、鵜飼の嘆きを歌う歌謡もある。
 最後の『閑吟集』の編纂は大永八年(一五二八)、室町時代も後期であるが、当時流行していた小歌ばかりでなく、中世以降に成立した他の種類の歌謡もいろいろ取られている。当時実際に歌われていたものから選んでいるのであろう。例えば、最も古いものとしては、鎌倉時代後半に関東文化圏で創り出された早歌そうかがある。その一首の、
そよともすれば下荻したをぎの 末越す風をやかこつらん(九四番)
というのは、待つ恋の思いを秋の自然に託して歌ったものである。最近、時雨亭文庫で話題を呼んだ和歌の冷泉家の祖である冷泉為相作詞の「竜田河恋」の一部である。同文庫には、早歌の良い伝本も多数伝えられるが、その中に従来知られていなかった『早歌抜書』(鎌倉後期写かとされる)という曲の一部に譜を付けたもの十六首を集めた本があり、複製の形で紹介された。この中には『閑吟集』五六番の「春」の曲の結びの部分も含まれる。「花」の場合は、二〇番の長短句二句の後も四句取って長くなっている。「月」の場合は漢詩調の二〇七番とは別の和文脈の箇所が抜き出されている。早歌が、成立当初から、一曲全体歌うのと並んで、曲の一部を長短さまざまに歌っていたことが証明されたわけである。
 室町前期成立の能の音曲(大和節)は歌舞劇の要素の一つであるとともに、独立の謡い物としても用いられた。『閑吟集』では現行曲からも多くの一節が取られている。小謡のところが多いが、次の「砧」のように、後場の亡霊の気持を強く訴える部分などもある。
君いかなれば旅枕 夜寒よ さむ衣うころもつつとも 夢ともせめてなど 思ひ知らずやうらめし(一八三番)
これは訴訟で都へ行ったまま帰らぬ夫を待ちかねて空しくなった妻の亡霊の思いである。もとの能を知っている人は背景を含めて享受したであろうし、原作を離れて歌ってもいい。その場合は、相手への思いを晩秋の景物にことよせて歌うものとなる。「衣うつつ」のところに「衣擣つ」がかかっているのはいうまでもない。大和猿楽ばかりでなく、近江猿楽や田楽の能の音曲の一節も取られているし、吟詩句や放下・狂言歌謡などもあり、それぞれに詞型もニュアンスも長さも違うので、変化に富んでいるのが『閑吟集』の面白さである。
 全体の四分の三をしめる室町小歌自体もいろいろある。例えば、
忍び車のやすらひに それかと夕顔ゆふがほの花をしるべに(六六番)
というのは、『源氏物語』の夕顔の巻の出会いの場をふまえた一首である。能「半蔀はじとみ」にも取り上げられた夕顔のはかなく美しい恋を凝縮したような小歌といえよう。他にも、『伊勢物語』や古歌をふまえた小歌や、古典的雰囲気を漂わせる小歌も多い。
あぢきないそちや 枳棘ききよく鳳鸞棲ほうらんすまばこそ(三八番)
というのは漢詩句を取り込んだ小歌。「枳棘」はとげのある木で悪木、「鳳鸞」は名鳥、男から女へ、その逆といろいろな解釈があるが、男女の感情の行き違いを表していることは動かない。こういう漢詩調のものや漢語を含んだ歌謡もかなり多い。
 その一方で、和漢の古典的な世界とは全く関係なく、当時の人びとの会話をそのまま切り取って一首の歌としたような小歌も多く見られるのである。
あまり言葉のかけたさに あれ見さいなう 空行く雲の速さよ(二三五番)
前半はト書きで、「あれ」以下がセリフとみられるが、室町時代の若い男女の姿が思い浮かぶようである。「見さいなう」の「さい」は軽い敬意を表す当時の口語なので、どちらかといえば女性のセリフらしいが、男性と取ることもできよう。「なう」という結びも『閑吟集』歌謡の特色の一つで、
雨にさへはれし仲の 月にさへなう 月によなう(一〇六番)
のように、「なう」に万感の思いがこめられている歌も多い。変わったものとしては、
むらあやてこもひよこたま(二七三番)
というのもある。逆さに読むと「また今宵もでやあらむ」(またあの人は今夜もこないのだろうか)となり、恋の呪文の歌。これも思いの表現の一つである。
 以上のように、『閑吟集』の小歌は詞型も内容も変化に富んでいて、室町後期の人びとの幅広い生活感情を写しているのである。平均すれば、長短句二句の形が多いが、「思ひのたねかや 人の情」なさけ(八一番)くらいの短いものもかなりあって特色をなすし、三句や四句のものもある。二句の中にもさまざまな形が見られるが、いわゆる近世小歌調も少ないが含まれている。
 このように、『閑吟集』には、鎌倉・室町時代の代表的な歌謡が含まれているとともに、詞型を変化させて近世に受け継がれて行く歌謡もある。来たるべき近世の「浮き世」を先取りしているような歌謡も含まれるのである。序文に見られる編者の歌謡史への思い入れの強さを裏切らない内容となっているのである。
 以上、恋を中心に思いのさまざまの表出という面から、本巻の歌謡の一端を取り上げてみた。他にも祝賀・哀傷・風刺など、さまざまな色調の歌謡があり、表現技法も変化に富む。一体、歌謡は、物語・説話・演劇などの他ジャンルや、音楽をはじめ、絵画・宗教など、多くの分野とのかかわりにおいて、存在しており、その面白さは極めて多彩である。同じ韻文でも詠む〈うた〉には見られない世界が展開されるのである。
 最後に、『梁塵秘抄』の「口伝集」巻第十は、撰者後白河院の今様にかかわる自伝で、個性的なくぐつやあそびの女性たちも多く登場し、院の今様への傾倒を軸に一種独特の世界がここにも開かれている。あわせて楽しまれることを願うものである。(外村南都子)
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