古典への招待

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女流日記文学の条件と特色

第26巻 和泉式部日記/紫式部日記/更級日記/讃岐典侍日記より
 本巻収載の『和泉式部日記いずみしきぶにつき』『紫式部日記むらさきしきぶにつき』『更級日記さらしなにつき』『讃岐典侍日記さぬきのすけのにつき』、それに『土佐日記』『蜻蛉かげろう日記』と、現存の平安朝の日記文学を列挙してみると、今更ながら日記文学というジャンルの幅の広さに気付かされる。
 これらはすべて女性の筆になる(『土佐日記』は仮託だが)という点で、女流日記文学とも呼称されているが、それではどの作品をもって女流日記文学の典型と見なすべきか、ということになると、たちどころに返答に窮してしまう。これらの諸作品の内容を一つ一つ具体的に想起してみれば、それらを一つのジャンルに包含することがためらわれるほど個性的であることを、改めて認めざるをえないであろう。
 ところで、女流日記文学が共有する最大公約数的な性格として、従来もしばしば指摘されている幾つかの条件がある。すなわち、
 (1)女性の筆になること
 (2)主に仮名文字で書かれていること
 (3)和歌を含んでいること
 (4)時間の意識があること
 (5)事実性を重んじていること
 (6)自照性を有していること
等々がそれである。
 ちなみに、これらの諸条件を他の散文のジャンルに当てはめてみると、概して物語文学は(5)(6)の条件に欠けていると思われるし、『源氏物語』以前の物語や中世の作品には(1)の女性の作ということに適合しないものも少なくない。歴史文学も(6)の自照性が欠落しているし、(1)(2)(3)の条件を欠くものもある。軍記物語は(1)(6)の条件に合致しない上に(2)(3)にも当てはまらないものがある。また説話文学は(6)を充たさないし(1)(2)(3)の条件に抵触する作品が多い。
 このように見てくると、なるほどさきの日記文学の諸作品は、一応これらの諸条件をすべて充たしているといえよう。しかし、あえて厳密にいうならば、『土佐日記』は(1)の女性の作という条件に対して素直でないし、『和泉式部日記』は一方において『和泉式部物語』とも称されていることから、(5)の事実性に疑問をもつ立場もあろう。『土佐』『和泉』『讃岐』などは(6)の自照性が稀薄であるといえるかもしれない。またこれらの諸作品の各々について、前掲の諸条件に対する適合度や色調がそれぞれに異なっていることはいうまでもない。
 しかしながら、これらの日記文学作品相互に見られる形態的・性格的な相違は、このような諸条件の適合の度合のみで説明しうる程度のものではない。これに加えて他のジャンルの文学作品に見られるさまざまな性格――物語性・虚構性・記録性・紀行性・随想性・回想性・批評性・抒情性等々が付加融合され、それらの度合や濃淡がそれぞれの作品の特質をいっそう際立たせ、特有の個性を形成せしめていると思われる。
 前掲の諸条件がいわば女流日記文学たりうる必要条件とするならば、後者の諸性格は、それらの日記文学作品にそれぞれの個性ある特質や色調を付加形成している点で、看過できない付加要件なのである。
 現存の女流日記文学は、この付加要件の幾つかを融合具有するが故に、必要条件と相乗してそれぞれが価値ある個性的な輝きを放っているのであり、したがってその中の一作品を女流日記文学の典型として軽々にそれと指摘しえないのも首肯しゆこうされよう。前掲の必要条件を一応充足した上で、さらに付加要件の幾つかによって個性的に特色づけられた作品群を、便宜上一つのジャンルに含めて、女流日記文学と称しているのである。
 次に、これらの付加要件を考慮に入れながら、改めてそれぞれの日記の性格的特質について概見してみよう。
 まず『土佐日記』は、作品全体が女性仮託という虚構の上に成っていることは、他に例を見ない形態である。また土佐から京への旅程をほぼ日次ひなみに記していることや、その間に亡児の追懐、和歌の批評、世俗の諷刺などが見られることは、この作品の特色と認めてよいであろう。『蜻蛉日記』は、兼家かねいえとの結婚生活の充たされぬ嘆きを主題とした作者晩年の回想記であることに、形態的な特質がある。内容的には上巻の長歌を含む和歌の贈答による兼家との交渉や、中巻の唐崎からさきはらい、石山詣いしやまもうで、鳴滝籠なるたきごもり、再度にわたる初瀬詣はつせもうでなどの旅の記述、下巻の養女の引取りやその結婚をめぐる物語的筆致などが特色としてあげられよう。『和泉式部日記』は、敦道あつみち親王とのほぼ十箇月間にわたる恋愛交渉を、和歌の贈答を中心に描いており、故宮の一周忌も近づいた頃の出会いから宮邸入りまでという構成や、三人称的な視点による叙述など、物語的性格が強いことは、この作品の大きな特性と思われる。『紫式部日記』は、敦成あつひら親王誕生の記録に続いて女房批評から自照的な随想となり、再び敦良あつなが親王の五十日いかの祝宴を記述するという内容になっており、その期間は、寛弘五年(一〇〇八)秋から七年正月までの一年半ほどであるが、寛弘五年の部分がほぼ三分の二を占めていて、構成上きわめて不均衡な形態をなしている。この寛弘五年の記事は、敦成親王誕生を中心とする記録であるが、その筆致と観察眼は、他の同時期の記録のどれよりも詳細精緻で、その記録性は女性の日記として特筆に値しよう。また後半には、かつて消息しようそく文の竄入ざんにゆうかと疑われた消息文的な虚構をもった一段が挿入されており、同僚女房や自己に対する鋭い観照批評などとともに、この日記の大きな特色となっている。『更級日記』は『蜻蛉日記』と同じく作者晩年の回想記であるが、冒頭から始まる東海道上洛の旅行記は、作品の五分の一を占めていて、作品構成の上からも看過できない形態となっている。また後半部に語られる源資通すけみちとの淡い交渉は、三度の出会いを浪漫的に美しく描いてきわめて物語的である。『讃岐典侍日記』は、堀河ほりかわ天皇の病気・崩御とその追慕の日々のほぼ一年半ほどを回想した記録で、ことに上巻には天皇の発病から崩御に至るまでの様相が迫真的に克明に描き出されており、作者の天皇に対する特別な思慕と献身の情念が見られるところに、特色を認めることができよう。
 以上はそれぞれの日記文学作品のごく大まかな印象的特色であるが、この印象は作品のどの部分をとりあげるかによって、異見も生ずるであろう。また日記文学が多かれ少なかれ虚構性をもつものならば、虚構性の指摘は『土佐日記』や『紫式部日記』に限らないということもできるが、ここでは女性仮託や消息文仮託のような、作品の方法としての虚構性をその特色として認めたい。
 さて、以上のような諸作品に見られるそれぞれの特性を便宜的に比較整理して表示してみると、およそ下のようになるであろう。きわめて概括的ながら、なおそれぞれの作品のおよその性向はつかみうるものと思われる。
性      格

 
 
 
物語性虚構性記録性紀行性随想性回想性批評性抒情性
土佐日記    
蜻蛉日記    
和泉式部日記     
紫式部日記    
更級日記     
讃岐典侍日記     
 上の表において、顕著な特性と認められるものにはとくに◎印をつけてみたが、その分布が、二、三の共通はあるものの分散しており、作品ごとに各様であることにまず気付くであろう。このことからも、女流日記文学が予想外にそれぞれ豊かな個性を主張し合っていることがわかるが、その中でも、これらの特性を一部共有している作品については、部分的にではあるが、大略の同類性を認めてよいであろう。例えば、『紫式部日記』と『讃岐典侍日記』に共通な記録性は、宮仕女房日記としての同質性を示唆しさするものと思われるし、『蜻蛉日記』と『更級日記』に見られる回想的構成の類似は、あるいは作者同士が伯母おばめいの間柄であることから、『更級』が『蜻蛉』の構成を模倣もほうしたとも考えられる。また物語性が、『和泉式部日記』にのみ顕著であることは、やはりこの作品が一貫して三人称的視点で叙述されているという点で、女流日記文学としては特異な存在であることを示すものと思われる。
 しかしながら、その反面において、たとえ◎印が共通の欄に存在したとしても、それらを同次元に論ずべきでないことも承知しておかなくてはならない。例えば『土佐日記』と『紫式部日記』が共有する記録性や批評性は、決して同質のものとはいえないし、『土佐日記』と『更級日記』の紀行性も、同じく京を目ざしての旅行記であっても、記述の仕方や関心の持ち方に大きな相違がある。また『讃岐典侍日記』の回想性は『蜻蛉』や『更級』のそれと同次元には論じられないであろう。
 これを要するに、女流日記文学のそれぞれの特性を示す付加要件の共通性は、ごく大略的に作品の同類性・同質性を示すものではあるけれども、決して作品の個性的な共通性を意味するものではないということであろう。このことは、女流日記文学が、それぞれに多種多様の人生経験をもった作者の個性的表出であるからには当然のことであって、作品の真の特性もそこに存在すると思われる。
 女流日記文学のそれぞれの作品は、最大公約数的な必要条件を一応充足した上に、さまざまな付加要件を具有することによって相応の特性を発揮し、さらに作者自身の人生経験、歴史的・社会的環境、知識教養、思想信条、物の考え方や表現能力等々の総合によって、作品特有の個性を醸成しているのである。
 したがって女流日記文学の鑑賞や理解には、必要条件や付加要件の考察とともに、それぞれの作品のもつ固有の特性の解明が必須であることはいうまでもない。
 なお、日記文学全般にわたっての主要な参考文献を、下にあげておく。

宮廷女流日記文学 池田亀鑑 至文堂 昭和2年 再刊昭和40年
平安朝日記の研究 今井卓爾 啓文社 昭和10年
日記文学概説 玉井幸助 目黒書店 昭和20年 復刊・国書刊行会 昭和57年
平安時代日記文学の研究 今井卓爾 明治書院 昭和32年
平安日記(国語国文学研究史大成五) 秋山虔・池田正俊・喜多義勇・久松潜一編 三省堂 昭和35年 増補版昭和53年
日記文学の研究 玉井幸助 塙書房 昭和40年
日記・和歌文学 池田亀鑑 至文堂 昭和43年
平安朝日記 I・II(日本文学研究資料叢書) 有精堂 昭和46・50年
平安女流日記文学の研究・同続編 宮崎荘平 笠間書院 昭和47・55年
日記・随筆・記録(日本文学講座七) 日本文学協会編 大修館書店 平成1年
女流日記文学講座 全六巻 今井卓爾監修 石原昭平・津本信博・西沢正史編 勉誠社 平成2・3年
(中野幸一)
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