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このコーナーでは「国とは?」「地名とは?」といった、地域からは少し離れたテーマなども取り上げ、「歴史地名」を俯瞰してみました。地名の読み方が、より一層深まります。また「月刊百科」(平凡社刊)連載の「地名拾遺」から一部をピックアップして再録。

第11回 有真香邑 
【ありまかむら】
4

地名と用字
大阪府貝塚市
2007年12月21日

 阿理莫(ありまか)神社は大阪府南部、貝塚市と岸和田市の境を流れる津田川沿い、貝塚市久保に鎮座する。『延喜式』神名帳和泉国和泉郡の「阿理莫神社」に比定され、近世には雨近(あまちか)明神とよばれ、現在久保神社ともいう。『延喜式』九条家本・金剛寺本は「阿理莫」にアリマの仮名を付すが、神社ではアリマカと称している。莫(マク)をマカと読むのは、博多(ハクタ)をハカタ、美作(ミサク)をミマサカと読ませるのと同じで、古代の地名用字の特徴である。

 ところで『日本書紀』崇峻天皇即位前紀には、もう一つのアリマカに関する記載がある。すなわち同書によれば仏教受容をめぐって物部守屋と蘇我馬子が戦ったとき、難波(なにわ)の守屋邸を守っていた捕鳥部万(ととりべのよろず)は、守屋が滅されたのを聞いて「茅渟県有真香邑」に逃げたという。有真香邑については阿理莫神社の鎮座する津田川周辺とする説と、有真香をアマカと読んで天下谷(あまがたに)の中心八田(はった)(現岸和田市)付近にあてる説がある。『日本書紀』によると、有真香邑に逃込んだ万は結局敗死し、その飼犬とともに同地で葬られたといい、墓は八田に比定されている。しかしアマカ=天下ということで八田とするのは、有がウの仮名であってアの仮名には用いられない以上、いささか無理である。
 『新撰姓氏録』(和泉国神別)には饒速日命を祖とする安幕首がみえる。この安幕についてもアマカと読む説がある。だがスルガに駿河(シュンガ)、クルマに群馬(グンマ)、ヘグリに平群(ヘイグン)、サララに讃良(サンラ)の文字を充当するように、ラ行音にンの音を持つ文字が使われる例からアリマカを安幕(アンマク)と表記することは十分考えられる。つまり阿理莫・有真香・安幕はいずれもアリマカに当てた文字とみて間違いなかろう。
 安幕首の祖とする饒速日命は物部氏の祖神である。安幕首はおそらく有真香邑を本貫とする物部氏の一族で、だからこそ守屋の近従捕鳥部万もそこへ逃れたとみられる。しかしアリマカの所在地についてはまだ考慮の余地がある。『延喜式』阿理莫神社を久保の社にあてるのも、近世のアマチカをアリマカの転訛とした結果にすぎないし、天下谷にしても先述したように無理な点がある。

 日本の地名は漢字という表意・表音の両性を持つ文字で表記されたことにより、さまざまに変転してきた。当て字の複雑さから、古代地名においては本来の音がわからなくなっている例も少くない。このような状況を生み出した一つに奈良・平安時代の官命による地名の改変があった。中国風に二字にし、しかも美麗な文字で整えるということが、実に全国的に行われたのである。まず和銅六年(七一三)の風土記撰進の官命に「畿内七道諸国郡郷名著好字」が第一項にあげられている。この中には嘉い名を選び、好い字を用い、二字で表記することが含まれていたといわれ、風土記に載せられた各国の郡郷名はおおむねこの線に添ったものとなっている。これが正式に規定されたのが『延喜式』で、民部式に「凡諸国部内郡里等名、並用二字、必取嘉名」とある。
 『和名抄』の国郡郷名ではほぼこの官命が徹底されている。和泉の国名も泉の一字で事足りるものを、和という好字を冠して二字化した。現藤井寺市林町に比定される河内国志紀(しき)拝志(はやし)郷もハヤシの嘉字・二字表記であることが、東大寺奴婢帳(正倉院文書)の「志紀郡林郷」から知られ、『新撰姓氏録』河内国皇別・同諸蕃には林を姓とする氏族がみえる。いっぽう短縮化された地名もある。大阪府北部、北摂と俗称される淀川右岸の地は、旧島上(しまかみ)郡・島下(しましも)郡に属した。両郡は古く三島(みしま)とよばれたのがのちに上・下に分れたらしく、平城宮出土木簡などに「三島上郡」がみえ、島上はその略称であった。ただし島上郡の初見は『続日本紀』和銅四年正月二日条だから、簡略化は和銅の官命以前になされた可能性が大きい。
 二字化による改変が著しいのは部民制関係の地名であろう。大阪府域でも河内国錦部(にしごり)郡は錦織部(にしきおりべ)を短縮・二字化、同安宿(あすかべ)郡は飛鳥部(あすかべ)を二字化したもので、和泉国大鳥郡(くさべ)郷にいたっては、日下部(くさかべ)の上二文字を合成して部の二字とし、音も短縮している。

 国策として行われた地名の改変は、後世、地名起源の解釈を一層困難なものとした。用字の法則・傾向を明らかにし、周辺史料を丹念に整理することによって、地名を本来の姿に戻す作業が大切であろう。

(K・O)


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初出:『月刊百科』1986年1月号(平凡社)
*文中の郡市区町村名、肩書きなどは初出時のものである。