だいぶ以前の話になりますが、「大塚」地名と古墳の関連について考察しました(2013年1月11日・25日更新「〈大塚〉地名は古墳に由来するか?(1)(2)」)。その時の結論は、大塚地名の「少なくとも3分の1くらいは古墳に由来する」、というものでした。
「大塚」以外にも古墳に由来して「塚」の字が付く地名は全国に広く分布します。ジャパンナレッジの「日本歴史地名大系」を用いて、古墳由来の「塚」地名(「大塚」地名は除く)に探りを入れると、候補として49件がヒットしました。
検索方法は、まず、詳細(個別)検索で「日本歴史地名大系」を選択し、検索範囲を「見出し」として、検索語欄に「塚村」(条件は「後方一致」)と入力します。これは、「日本歴史地名大系」の項目が江戸時代の「村」を基本としているためです。次いで同じく検索範囲を「見出し」として、「次を含まない(NOT)」の条件で「大塚」(部分一致)と入力します。さらに、今度は検索範囲を「全文」にして「古墳」(部分一致)と入力して検索をかけます。
その結果が49件で、千葉県松戸市
八尾市の千塚(ちづか)地区は近くの高安古墳群(「高安千塚(せんづか)」とも)に由来した地名
内訳を地方別にみると、北海道・東北が1件、関東が26件、中部が11件、近畿が9件、中国が1件、九州・沖縄が1件で、四国は0ヒットでした。本州中央部に厚い分布となっていることがわかります。49件すべてが古墳由来の地名とは限りませんが、おおよその傾向は把握できたと思います。
ところで、「塚」の字が付く地名で、古墳由来ではないが、古墳と同様に考古遺跡に由来する地名……といえば、誰もが縄文時代に多くみられる貝塚遺跡を由来とする「貝塚」地名を思い浮かべるのではないでしょうか。
ちなみに、「日本歴史地名大系」で「貝塚村」(見出し・部分一致の条件)を検索しますと21件がヒットしました。「日本歴史地名大系」の記述や諸資料から得られた所在地、由来となった貝塚の名称を以下に列記します。
貝塚村=茨城県取手市=
貝塚村=埼玉県川口市=
貝塚村=埼玉県上尾市=
貝塚村=埼玉県蓮田市=
貝塚村=千葉県千葉市若葉区=
前貝塚村・後貝塚村=千葉県船橋市=由来の貝塚名は不明だが、周辺には
貝塚村=千葉県市川市=由来の貝塚名は不明だが、周辺には
貝塚村=千葉県流山市=貝塚に由来すると考えられるが具体的な遺跡名称は不詳。「全国遺跡地図」では地内に上貝塚などの貝塚遺跡が確認できる。
貝塚村=千葉県香取郡
貝塚村=千葉県八日市場市(現
貝塚村=千葉県
上貝塚村=千葉県山武郡
貝塚村=東京都千代田区=史料にみえる戦国期以前の村名で、現在地は不明である。
貝塚村=新潟県
貝塚村=新潟県佐渡郡
西貝塚村・東貝塚村=静岡県磐田市=西貝塚・東貝塚
貝塚村=三重県四日市市=由来は不詳。四日市市ホームページの遺跡情報・地図検索でも域内に貝塚遺跡はないのですが、地域は洪積台地と沖積平野の接点に立地していますから、貝塚遺跡が存在する可能性は否定できません。
新潟県金井町(現佐渡市)の「貝塚村」は、地内の「堂の貝塚」に由来した地名
以上、ヒットした21件のうち、20件の「貝塚」地名についてまとめてみました。所在地を確定できない東京都の「貝塚村」を除けば、由来する貝塚名がハッキリするかしないかは別として、いずれの「貝塚」地名も、貝塚遺跡に淵源する可能性が極めて高いといえるでしょう。
ところで、21件のうち、残る1件は大阪府貝塚市の「貝塚村」です。海岸近くの低平地にあたり、現在の貝塚市街中心部の一画を占めています。ただし、「日本歴史地名大系」の貝塚市「貝塚村」の項目に、貝塚遺跡に関する記述はありません。そればかりではなく、貝塚市の遺跡地名表によると、「貝塚村」の一帯だけではなく、現在の貝塚市域には、いっさいの貝塚遺跡が存在しないのです。
では、なぜ「貝塚村」なのか? そのあたりについては次回に……。 p >
(この稿続く)