「塩」の字がつく地名は全国に数多くあります。字の意味から考えると、塩(食塩)に関連して、製塩業が盛んな海沿いの地や塩の輸送・運搬に関係する街道筋に多い地名では? と思いがちです。しかし、鏡味完二・鏡味明克の『地名の語源』(1977年、角川小辞典13)は、《シオ》の項目で、まず地理学者・山尾俊郎の「塩の山間の地名にはシボむ地形からのものが多い」という説を載せ、次いで「塩」地名の語源として下記の6種類をあげます。
(1)楔形の谷の奥
(2)川の曲流部
(3)
(4)植物のシオデ(牛尾菜)に由来
(5)食塩・海水や潮に関連する
(6)塩類泉に由来
さらに、(3)の長野県北部に多い「撓んだ土地」の例として、〔塩沢・四王子(シオウジ)・塩田・塩野・塩尻・四方田(シオ)・入之波(シオノハ)・志雄・塩原・潮・子浦(シオ)〕、(5)の「食塩・海水。潮に関連」する例として、〔塩浜・塩屋・塩釜・潮ノ岬・汐留川・潮見坂〕、(6)の「塩類泉に由来」する例として〔塩沢・塩谷・塩原・塩江〕などの地名をあげています。
「塩」のつく地名は、海沿いばかりではなく、意外なことですが、山間部にも多くみられる地名のようです。JK版「日本歴史地名大系」の見出し検索(部分一致)で「塩」を入力して調べると、全部で587件がヒット。県別のグラフ表示でみると、1位の長野県(52件)をはじめ、6・7位の栃木県・山梨県(ともに24件)、16位の岐阜県(12件)など、「海無し県」がかなり健闘しています。
ところで、前出『地名の語源』の《シオ》項目があげる実例で、唯一、複数の地名語源で触れられた地名に「塩原」があります(「撓んだ土地」と「塩泉類に由来」の双方にみえます)。「塩原」の「原」を一般的な「はらっぱ」「野原」の意と考えれば、塩原は「山間の撓んだ、あるいはシボんだところに開けた平地」と解釈できるでしょうか。広く知られる栃木県
JK版「日本歴史地名大系」で「塩原」の見出し検索(部分一致)かけると22件がヒットしますが、うち「那須塩原市」(変更地名:栃木県)や「塩原塚古墳」(考古項目:群馬県前橋市)、など、地形との関連が薄いと思われる項目を除くと、次の16件が残ります(「日本歴史地名大系」は〈近世村落〉が項目の中心)。
番号 | ヨミ 項目名 | 種類(属性) | 刊行時の 所属自治体 | 現在の 所属自治体 | 流域河川名 |
1 | キタシオバラムラ 北塩原村 | 自治体名 | 福島県:耶麻郡 | (刊行時に同じ) | (阿賀野川水系) |
2 | シオノハラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 福島県:南会津郡舘岩村 | 南会津郡南会津町 | 舘岩川(阿賀野川水系:伊南川上流) |
3 | シオバラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 茨城県:那珂郡大宮町 | 常陸大宮市 | 久慈川 |
4 | シオバラマチ 塩原町 | 自治体名 | 栃木県:那須郡 | 那須塩原市 | 箒川(那珂川支流) |
5 | シモシオバラムラ 下塩原村 | 近世村落名 | 栃木県:那須郡塩原町 | 那須塩原市 | 箒川(那珂川支流) |
6 | シオバラオンセンゴウ 塩原温泉郷 | 温泉名 | 栃木県:那須郡塩原町 | 那須塩原市 | 箒川(那珂川支流) |
7 | ナカシオバラムラ 中塩原村 | 近世村落名 | 栃木県:那須郡塩原町 | 那須塩原市 | 箒川(那珂川支流) |
8 | カミシオバラムラ 上塩原村 | 近世村落名 | 栃木県:那須郡塩原町 | 那須塩原市 | 箒川(那珂川支流) |
9 | ユモトシオバラムラ 湯本塩原村 | 近世村落名 | 栃木県:那須郡塩原町 | 那須塩原市 | 箒川(那珂川支流) |
10 | シオバラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 群馬県:山田郡大間々町 | みどり市 | 渡良瀬川 |
11 | シオハラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 石川県:小松市 | (刊行時に同じ) | 郷谷川(梯川支流) |
12 | シオバラシンデン 塩原新田 | 近世村落名 | 静岡県:小笠郡浜岡町 | 御前崎市 | (遠州灘) |
13 | シオバラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 島根県:仁多郡仁多町 | 仁多郡奥出雲町 | 郡川(斐伊川支流) |
14 | シオハラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 広島県:比婆郡東城町 | 庄原市 | 内堀川(高梁川水系:成羽川支流) |
15 | シオバラムラ 塩原村 | 近世村落名 | 福岡県:福岡市南区・博多区 | (刊行時に同じ) | (博多湾・那珂川) |
16 | シオバラムラ 塩原村 | 村落名 | 熊本県:阿蘇郡蘇陽町 | 上益城郡山都町 | (緑川水系) |
上表のうち、2、3、4~9、10、11、13、14はいずれも、山間にあり、右端に記した流域河川の川沿いに開けた狭小な平地に立地しており、山尾俊郎のいうところの「山間の塩地名」に合致しています。12の静岡県の「塩原新田」は、遠州灘に面していて、(5)の「食塩・海水や潮に関連」に合致。15の福岡県の「塩原村」も、古くは博多湾が入り込んでいて、塩焼きを行っていたのが地名の由来という伝承があり、これも(5)に合致します。
しかし、1番の北塩原村と16番の塩原村は塩地名の立地条件と合致しません。それもそのはずで、1番の北塩原村は、昭和29年(1954)にそれまでの福島県耶麻郡
ちなみに、北塩原村を構成していた北山・大塩・檜原の3村をみてみましょう。北山村は明治8年にそれまでの
檜原村は磐梯山の北麓を占める山間の村。檜原川の流域(支流を含む)沿いに集落が点在し、文字どおり「檜」の「原」であったのでしょうか、椀木地作りが生業の中心でした。明治21年に磐梯山が大噴火、檜原川が堰止められて檜原湖ほか
北塩原村が山間に開けた狭小な平地(塩原地形)に立地する村でもなく、まして塩原(栃木県の塩原温泉郷)の北に位置する村でもないことが理解いただけたかと思います。近頃の平成の大合併でも、合併に参加した自治体名から一字ずつを取って新たにつけられた地名がたくさん生まれました。たとえば茨城県