日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
地名の由来、歴史、風土に至るまで、JK版「日本歴史地名大系」を駆使して解説します。
さらに、その地名の場所をGoogleマップを使って探索してみましょう。

第30回 八景、七不思議、三十三観音

2009年08月21日

秀でたもの、強力なもの、あるいは特徴のあるものを幾つかまとめ、その数をつけてよぶ言い方を一般に「名数めいすう」といいます。JK版「日本国語大辞典」では、「上にある数をつけて、特定の内容をさす言い方」と解説され、その例として「二王」「三羽がらす」「四天王」「五常」「七福神」などをあげています。

昔、学校で三筆(嵯峨天皇・空海・橘逸勢)と三蹟(小野道風・藤原佐理・藤原行成)を習い、あとで「空海は三筆・三蹟のどっちだったけ」などと迷った覚えはありませんか?

「日本歴史地名大系」の項目のなかでも、こうした名数を使用した記述は随所にみられます。ただし、たとえば「日本三大祭」といった場合、京都賀茂別雷かもわけいかずち神社(上賀茂かみがも神社)・賀茂御祖かもみおや神社(下鴨しもがも神社)の葵祭、大阪天満宮(天満天神てんまてんじん)の天神祭、東京日枝ひえ神社の山王祭をいうことが多いのですが、長崎諏訪すわ神社の長崎くんち(おくんち)を入れる場合もあります。「日本○○」という言い方は、さまざまな見解があって、なかなか断定しにくいものです。

そこで「日本歴史地名大系」では、史料に明確な記述がある場合や、たとえば「日本三景」(陸前松島まつしま・安芸厳島いつくしま・丹後天橋立あまのはしだて)のように、ほかには候補もなく、異論を差し挟む余地がない場合を除いて、できるだけ「日本○○」といった言い回しを避けています。

おやおや、先ほど「名数を使用した記述は随所にみられます」と述べたことと矛盾しますね。しかし、これは、ある限られた地域で「三大○○」とか「五大○○」などを称している場合、ほかの地域の項目と抵触する可能性が低く、「名数を使用した記述」でも齟齬が生じにくいと考えたからです。

名数表現のなかでよく耳にするものに「八景」があります。もともとは中国湖南こなん省の瀟水しょうすい湘水しょうすい洞庭どうてい湖に注ぐあたりの地域、瀟湘しょうしょう地方の佳景8箇所をいったもので、山市青嵐せいらん・漁村夕照ゆうしょう・瀟湘夜雨やう・遠浦帰帆きはん・煙寺晩鐘ばんしょう・洞庭秋月しゅうげつ・平沙落雁らくがん・江天暮雪ぼせつの八景をいいました。

中国では宋代から絵画の題材として数多く描かれ、日本でも鎌倉末期以降、漢画(唐絵)の主要なモチーフの一つとなりました。やがて、瀟湘にならって近江八景、大和八景、金沢八景など多くの和製八景が誕生します(JK版「日本大百科全書」など)。ちなみに、JK版「日本歴史地名大系」の全文検索で「八景」と入力すると、314件がヒット。分布図(下掲)をみると、それこそ全国各地で「八景」が選定されていたことが判明します。

八景の分布図
八景の分布図

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地域は変わっても、多くの場合、青嵐・夕照・夜雨・帰帆・晩鐘・秋月・落雁・暮雪の八景に変わりはなく、たとえば、近江八景の場合、比良ひらの暮雪、堅田かたたの落雁、唐崎からさきの夜雨、三井寺みいでらの晩鐘、矢橋やばせの帰帆、粟津あわづの青嵐、石山いしやまの秋月、瀬田せたの夕照の八景をいいました。なお、金沢八景の「金沢」は石川県の金沢市ではなく、神奈川県横浜市金沢区(この金沢は、古くは「かねさわ」と発音しました)の六浦むつうらの海(六浦は古くは「むつら」といいました)一帯の景勝地をいいます。

 

工場進出・埋立・宅地造成などで「金沢八景」の景勝も失われた

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「七不思議」もよく耳にする名数表現の一つですが、「日本七不思議」という言い方は一般的ではありません。ところが、地域では、それぞれの七不思議を伝えてきました。試しにJK版「日本歴史地名大系」の全文検索で「七不思議」と入力すると、51件がヒット。分布図は下図となります。

七不思議の分布図
七不思議の分布図

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検索結果一覧のスニペット(抜書き)表示からは、寺院や神社に伝わる「七不思議」が多いことがわかります。また、岩手県の早池峰はやちね山、東京都の本所ほんじょ、長野県の諏訪、鹿児島県の阿久根あくねなど、地域ごとの「七不思議」があり、なかには「越後七不思議」とか「遠州七不思議」といった、旧国一国を単位とする七不思議が伝承されていることなども判明します。

もう一つ、名数表現の代表的なものに「三十三所」の観音霊場(札所)があります。33の数は、観音の化身の数33に擬したもので(JK版「日本国語大辞典」)、西国さいごく三十三所、坂東ばんどう三十三所、秩父ちちぶ三十三所(実際は34箇所)などは著名です。

三十三所観音霊場(札所)がどのような広がりをみせるのか、JK版「日本歴史地名大系」の全文検索を使って調べてみましょう。ただし、地域によっては「三十三所」を「三十三箇所」とか「三十三番」と記したり、単に「三十三観音」と表記したりします。そこで「三十三」と「観音」をキーワードとして「and検索」で入力します。ヒット件数はじつに1221件にのぼります(分布図・グラフ表示は下掲)。

全国分布図県別のグラフ
全国分布図県別のグラフ

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県別トップは福島県の152件。福島県は東北地方ですから、西国三十三所や坂東三十三所や秩父三十三所には関係はありません。そこで、検索対象地域を「福島県」単独に絞り込んで再検索、スニペット表示を見て「三十三所観音霊場」の記述が多い理由を探ってみました。その結果、福島県内には、主なものだけでも磐城いわき地方、相馬そうま地方、田村たむら地方、信達しんたつ地方、猪苗代いなわしろ地方、会津あいづ地方、南山御蔵入みなみやまおくらいり(南会津地方)などで、各地域ごとの三十三所観音霊場を選定していたことがわかりました。

こうしてみますと、JK版「日本歴史地名大系」で「○○箇所」といった名数表現のキーワード検索を行ったとき、「○○箇所」の何倍もの件数がヒットする背景には、地域ごとに、それぞれの「ベストテン」を選定してきた歴史が積み重ねられているといえるかもしれません。