先回は地域の観光スポットとなっている大分水界を何箇所か紹介しました。そして、こうした大分水界観光スポットでは、地上に降った雨水は、(用水路の)分流点を通過しないうちは、太平洋側の水系に入るのか? 日本海側の水系に入るのか? を判断できない=黒白はっきりしない、いわばグレーゾーンとなっている、と記しました。
今回はもっと規模の大きい大分水界グレーゾーンを紹介しましょう。それは、福島県中央部のやや西寄りに位置する
安積疏水は、明治初年に困窮士族授産を主目的とする安積郡諸原野開拓が企画された際、その用水を確保するために開削された用水路。猪苗代湖から取り入れて、安積原野を潤したのち、
有史以来猪苗代湖の水は西に流出して会津盆地に出、近世には戸ノ口堰と
安積疏水の開削以前、猪苗代湖の湖水は、湖の北西端、銚子ノ口から
一方、安積疏水は、猪苗代湖のほぼ北東端に位置する猪苗代町
その後、役目を終えた用水は阿武隈川水系の幾つかの枝川に落ち、これら落水は阿武隈川本流に集まり、北流して宮城県域に入り、北東方から東方へと流れの向きを変え、
つまり、
猪苗代湖の湖圏域は約880平方キロといいます(平成16年「一級河川阿賀野川水系猪苗代湖圏域河川整備計画」福島県)。もちろん、880平方キロのすべてではないのですが(湖圏域には猪苗代湖から流れ出た日橋川の流域も一部含まれています)、たとえば、猪苗代湖に注ぐ諸河川のうち、最大の河川である
この猪苗代湖・安積疏水の関係と似たような例が、同じ福島県内にあります。それは
この用水路完成以前、鶴沼川の水源部にあたる
福島県では、北の山形県境から南の栃木県境まで、県域のほぼ中央部を縦断している大分水界の西側(日本海側)に、その幅はまちまちですが、帯状のグレーゾーンが存在している、ということができるでしょう。
おまけにもう一つ、揚水発電所のグレーゾーンを紹介しましょう。JK版「ニッポニカ」は「揚水発電」について次のように記しています。
深夜あるいは週末などの軽負荷時に下部貯水池の貯留水をポンプによって揚水して上部貯水池に貯水しておき、重負荷(ピーク負荷)時に上部貯水池の水を放水して水車によって発電する方式をいう。揚水発電所は普通の水力発電設備のほかに揚水設備を備えている。上部貯水池は軽負荷時に火力・原子力発電所で発生した電気エネルギーを一時的に水の位置エネルギーとして貯蔵する池である。したがって揚水発電所は、火力・原子力発電所のエネルギーをピーク負荷時に電気エネルギーに再変換する電気の貯蔵所ともいえる。
言い換えれば下部貯水池に蓄えた水を、電力需要の少ない夜間や週末の余剰電力を利用して上部貯水池に揚水し、電力需要が増大する昼間や平日に放流して発電する……いわば大きな蓄電池の役目を果たしている水力発電施設といえます。
ところで、この下部貯水池と上部貯水地が同一河川、あるいは同じ水系に属する河川に設けられている場合、さほど問題とはなりません(ほとんどの揚水発電所は同一水系でやりくりしています)。しかし、違う水系、しかも大分水界をまたいだ異なる水系に下部・上部の貯水池が設置されると、グレーゾーンが発生します。具体例をみてみましょう。
群馬県
神流川発電所は平成9年(1997)に着工、同17年に発電開始。現在は2基が稼働して出力は94万キロワット、発電所全体が完成した暁には、6基が稼働して出力は282万キロワットとなります。神流、奥三川の両ダム湖の間は地下を走る水圧管路(勾配48度、有効落差約650メートル)で結ばれており、中程にある発電施設も地下500メートルに設置されています。ですから、大分水界はトンネルで通過しています。
発電所一帯には、
しかし、運用開始後はこのルートが逆転する可能性も出てきたのです。つまり、本来なら神流川から太平洋に向かうはずの雨水が、揚水されて奥三川湖に入り、そこから南相木川→日本海のルートをたどったり、その逆に、南相木川から日本海に向かうはずの雨水が、奥三川湖からの放流によって神流湖に入り、太平洋に流れ下る場合もでてきたのです。グレーゾーンが生まれました。
ただし、この揚水式発電所で生まれるグレーゾーンは、先に述べた福島県のグレーゾーンと異なった点があることに留意する必要があります。つまり、猪苗代湖・安積疏水や羽鳥湖・隈戸川の場合、大分水界の片側(福島県では西側=日本海側)がグレーゾーンとなるのに対して、揚水式発電所で発生するグレーゾーンは大分水界の両側に誕生する、という点です。場合によっては、下部貯水池と上部貯水池の間を何回も往き来しているうちに蒸発してしまう雨水があるかもしれません。
なお、このように大分水界を跨ぐ揚水式発電所は、神流川発電所のほかにも兵庫県
ちなみに、奥多々良木発電所の下部貯水池は朝来市の多々良木ダム(日本海側
(この稿終わり)