日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
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さらに、その地名の場所をGoogleマップを使って探索してみましょう。

第170回 湯島の謎

2020年09月04日

湯島ゆしま通れば想い出す おつた 主税ちからの心意気……

泉鏡花の戯曲「湯島の境内」や新派の名作「婦系図―湯島境内の場」でお馴染みの湯島天満宮(湯島天神)が所在するのは東京都文京区の湯島。山の手台地の東端にあたる本郷台地の南東部(湯島台ともよぶ)を占める地域です。

江戸時代、湯島台(一部は現千代田区にかかる)は町屋と武家屋敷が混在する地で、湯島天満宮のほかにも湯島聖堂や昌平坂しょうへいざか学問所、3代将軍徳川家光の乳母春日局を開基とする麟祥りんしょういん院、江戸の総鎮守神田神社(神田明神)などがありました。

ジャパンナレッジ「日本歴史地名大系」の【湯島】の項目は次のように記します。

古代豊島郡湯島郷(和名抄)を継承する。現文京区の南東端部を占め、東は上野・下谷地区、南は神田地区、西と北は本郷地区に囲まれる。隣接する本郷の地名は湯島本郷が詰まったものといわれ、かつては本郷地区を含む本郷台地一帯を湯島とよんでいたと思われる。また江戸初期の神田川開削で本郷台地の南端部は切断されたが、この切断部(神田台・神田山)も本来は湯島に含まれていたと推定される。なお古く上野の不忍しのばず池は海に通じており、当地一帯は島のようになっていたとか、かつて湯島天神近辺から温泉が湧いたなど、地名にかかわる幾つかの伝承がある(「御府内備考」など)。(以下、省略)

湯島は古代の湯島郷を継承する古い地名で、元来は本郷台地一帯の広い範囲をさす地名だったようです。また、神田川開削で切断された現在の神田かんだ 駿河台するがだい(千代田区)の一帯も湯島のうちでした。

湯島天満宮付近の湯島台

「当地一帯は島のようになっていた」というのは、国土地理院の地理院地図(電子国土Web)の色別標高図などで確認すると大いに納得がいきます。しかし、「かつて湯島天神近辺から温泉が湧いた」という話は、現在ではあまり流布していない言い伝えです。

「地名用語語源辞典」(楠原佑介・溝手理太郎編、東京堂出版、昭和58年)の「ゆ〔湯、油、由、涌、柚、弓、遊〕」の項目は、おおよそ次のように列記します。

①溝。溝川。用水路
②ヰの転。温泉ではなく「井」すなわち「泉」の意
③湯、とくに温泉に由来する地名か
④ユミ(弓)の略か
⑤植物ユズ(柚)の略
⑥イハ(岩)の転のユワの略か
⑦ユ(油)で石油の湧出にちなむものもあるか
⑧ユ(斎)で「神聖」の意のものもあるか
⑨動詞ユル(揺。弛など)の語幹。「地盤がゆるむ」の意から「崩壊地形」を示すか
⑩動詞ユル(淘)の語幹。砂丘など「砂がゆり上げられた地」をいうか
⑪形容動詞ユル(緩)の語幹。「緩傾斜地」をいうものもあるか

同辞典はさらに、「ユの地名は③の意に短絡されて考えられがちだが、(中略)①、②、⑨~⑪などに該当するものも多いと思われる」と解説しています。

そこで「日本歴史地名大系」で「湯島」を探ってみることにします。地名は本来、「読み」(「ゆしま」。あるいは「ゆじま」もあるかもしれません)が最も大切な要素なのですが、今回は、あまり聞いたことがない「かつて湯島天神近辺から温泉が湧いた」という伝承(湯島の謎)の確認ですから、「湯島」の表記を重視しました。

「日本歴史地名大系」の項目の基本は、「江戸時代の村」ですから、「湯島村」(見出し・部分一致)で検索をかけると、次の5件がヒットしました。

山梨県早川はやかわ町の湯島村(現早川町湯島)

静岡県静岡市の湯島村(現静岡市葵区湯ノ島)

愛知県鳳来ほうらい町の湯島村(現新城市中島)

兵庫県城崎きのさき町の湯島村(現豊岡市城崎町湯島)

熊本県大矢野おおやの町の湯島村(現上天草市大矢野町湯島)

読みは山梨県の湯島村が「ゆじま」、ほかはすべて「ゆしま」でした。

愛知県の湯島村と熊本県の湯島村を除く3件の湯島村は、すべて温泉が湧出する地で、「地名用語語源辞典」の③に相当します。熊本県の湯島村は、島原湾に浮かぶ湯島が江戸時代の村域。湯島の形状は上から見ると卵形ですが、横(水平方向)から眺めると、ちょうど弓の弓幹(ゆがら)のような形状で、「地名用語語源辞典」の④に相当することがわかります。

島原湾に浮かぶ湯島。横から眺めると「弓」の形状をしている

愛知県の湯島村はとよ川の上流(寒狭かんさ川)沿いにある山間の村落。地形図をみると、「地名用語語源辞典」がいう⑨の「崩壊地形」、あるいは⑪の「緩傾斜地」に相当する可能性はありますが、はっきりしたことはわかりません。

さて、東京都文京区の湯島です。湯島の「島」は、東京湾(江戸湾)に突き出した半島状(本郷台地)の地形に由来すると考えるのが妥当と思われます。(湯島の)謎? は「湯」です。じつは、「日本歴史地名大系」の【御茶ノ水跡】の項目に次のような記述が見えました。

高林こうりん寺の境内に湧出したとされる名水。二代将軍徳川秀忠が放鷹の帰途に立寄った際、境内の清水を茶の水として献上、以来、同寺は御茶の水高林寺と号したといい、三代将軍徳川家光も茶の湯に用いたという。神田堀(神田川)開削により、井は河畔に形ばかりが残り、享保一四年(一七二九)の神田川拡幅工事で川中に没したという(「御府内備考」「江戸砂子」など)。(以下、省略)

現在は路面の舗装などで少なくなりましたが、かつて、武蔵野台地の先端にあたる山の手台地(本郷台地を含む)は、豊富な地下水に恵まれていました。本郷台地の先端にあたる湯島台も豊かな地下水に恵まれていたと思われ、神田川で切断されたところには「御茶ノ水」の名で知られる名水も湧出していました。

そうしますと、「湯」の由来は「地名用語語源辞典」がいうところの②、「ヰの転」で、温泉ではなく「井」すなわち「泉」の意、ではないでしょうか。湧水に恵まれ、海に突き出た半島状の地形、こう考えれば「湯島」の表記由来に合点がいく気がします。

(この稿終わり)