日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
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第148回 「神戸」の読み方

2018年11月02日

「神戸」と記す地名を何と読みますか?

港・神戸が高名ですから「こうべ」と答える方が多いのではないでしょうか。ただし、「かんべ」と読む人もかなりの数になると思います。

普通名詞の「神戸」は一般的に「かんべ」とよみ、古代の「令制での神社の封戸(ふこ)。神社に属して租、庸、調や雑役を神社に納めた民戸」のことで(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)、「じんこ」とも読み「神部」とも記します(同上)。

神社の封戸「神戸」について、ジャパンナレッジ「ニッポニカ」は、もう少し詳しく次のように記します。

古代、神社に属し、その祭祀(さいし)や経済を支えた民。「じんこ」とも読む。『日本書紀』崇神(すじん)天皇7年条にその制定記事がみえる。律令(りつりょう)制下では、朝廷から特定の神社に寄せられた封戸(ふこ)の一種に規定され、神封(しんぷう)ともいう。神戸の出す調庸(ちょうよう)および田租(でんそ)は、神社の造営や神に供する調度の料にあてられた。また神戸は公役につかず、もっぱら神社の維持修理にあたり、神戸のなかから神社の祭祀に奉仕する祝部(はふりべ)も任命された。祝部の名帳や神戸の戸籍は特別につくられ、806年(大同1)牒(ちょう)では、神戸を有する神社は170社、神戸の総数は5884戸を数える。宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)の1660戸、伊勢(いせ)大神宮の1130戸が多いが、1戸から数戸の神社が大半である。

古代の郡郷制(現在の市区町村にあたる)では、神社の封戸「神戸」を中心に成立した郷は「神戸郷」としてみえ、一般には「かんべごう」とよびます。ジャパンナレッジ「日本歴史地名大系」で「神戸郷」と入力して見出し検索(部分一致)をかけると57件がヒットしました。

57件のうち、兵庫県宍粟しそう一宮いちのみや町(現宍粟市)の【神戸庄(かんべのしょう)・神戸郷(かんべごう)】と岡山県津山市の【神戸郷(じんごごう)】は中世の郷として立項されていますから、古代郷としては55件ということになります。

ただし、宍粟市の【神戸庄(かんべのしょう)・神戸郷(かんべごう)】は、播磨国一宮の伊和いわ神社の神封を母胎に成立したと考えられる中世郷ですし、津山市の【神戸郷(じんごごう)】も美作国二宮の高野たかの神社と関連が深い中世郷ですから、淵源はいずれも神社の封戸「神戸」にあるといえるかもしれません。

55件の古代郷を地域別にみると、関東が1件、中部が12件、近畿が27件、中国が9件、四国が6件で、東北・北海道と九州・沖縄にはみえません。近畿が中心ですが、北東は安房国安房郡の神戸郷(千葉県)から南西は土佐国土佐郡の神戸郷(高知県)まで広範囲に分布しています。

鈴鹿市神戸(かんべ)地区は、伊勢太神宮の封戸であったことから地名が生じた。

「日本歴史地名大系」での【神戸郷】の読みは、港・神戸の母胎となった摂津国八部やたべ郡の神戸郷が「こうべごう」ですが、ほかはすべて「かんべごう」です。もっとも、同時代の読み方がわかるものはなく、古代の郡郷を記載する「和名抄」で「カムヘ」の読みが付されるようになるのは、江戸時代の刊本の段階になってからです。

港・神戸の母胎となった摂津国八部郡の神戸郷(こうべごう)について、「日本歴史地名大系」では次のように記述しています。

「和名抄」所載の郷。同書高山寺本・東急本とも訓を欠く。訓は「大日本地名辞書」による。現神戸市中央区の生田いくた神社の神戸に由来するという(同書)。郷域について「摂津志」は神戸村(現中央区)に、「日本地理志料」は神戸・二茶屋ふたつぢやや走水はしうど北野きたの花熊はなくま(現同上)の諸邑にあて、「大日本地名辞書」は生田郷の西、宇治うじ郷の東、ほぼ現もと町の南北で、西は再度ふたたび筋に至るとする。中央区再度筋ふたたびすじ町から南へ中山手なかやまて通・下山手しもやまて通・花隈はなくま町・元町辺りに比定されよう。

生田神社の封戸に由来すると思われる郷名で、読みは吉田東伍の「大日本地名辞書」に従っています。遺称地は神戸(こうべ)ですから妥当な読み方といえますが、あるいは、古く「かんべごう」と称していたものが、のちに「こうべ」に転訛した可能性も考えられるのではないでしょうか。

港町「神戸」の地名は生田神社の神封に由来するとされる。

ともかく、神社の封戸に由来する「神戸」地名の読みの基本は「かんべ」と考えられます。

「日本歴史地名大系」の項目の中心は、現在の大字・町名につながる江戸時代の村名と町名です。そこで次に「神戸村」(江戸時代の村名)と「神戸町」(江戸時代の町名)のふたつをOR検索(見出し・部分一致)でつないで探してみました。

その結果、ヒット数は計28件で、うち地名は27件。「神戸村」が23件、「神戸町」が4件ヒットしました。神戸村の読みは「ごうど(「こうど」1件を含む)」が14件ともっとも多く、ついで「かんべ」が5件、「こうべ」(港・神戸の「神戸村」)、「じんご」(前出、津山市の【神戸郷(じんごごう)】の後身の「神戸村」)、「かど」(鳥取県日南にちなん町の「神戸村」)が各1件で、残る1件は岐阜県根尾ねお村(現本巣もとす市)の「天神戸(てんじんどう)村」がヒットしたものでした。

「神戸町」4件(うち1件は自治体名=岐阜県安八郡神戸町)の読みは、すべて「ごうど」でした。

先程、「神戸」の読みは「かんべ」が基本と記しましたが、江戸時代以降になると、基本が「ごうど」に変わるのでしょうか。そのあたりについては次回に。

(この稿続く)