日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
地名の由来、歴史、風土に至るまで、JK版「日本歴史地名大系」を駆使して解説します。
さらに、その地名の場所をGoogleマップを使って探索してみましょう。

第171回 ミタムラとサンダムラ

2020年10月02日

「三田」と書いて何と読みますか? と尋ねてみると、首都圏在住の人たちは、「ミタ」と読む方が多いと思います。東京都港区の中央東寄りを占める三田みた地区は、慶應義塾大学の本部三田みたキャンパスがあり、ここを通る都営地下鉄線は三田みた線の名称でよばれていて、馴染みの深い読み方です(目黒区三田みたも古くは港区の三田地区と同一の村落だったといわれます)。

一方で、関西圏在住の人たちにとっては「サンダ」の読みのほうが聞き馴れているのではないでしょうか。兵庫県の東南部、武庫川の中流域に三田さんだ市があります。市街にはJR福知山線(宝塚線)の三田さんだ駅があり、神戸電鉄三田さんだ線も通じていて、阪神圏のベッドタウンとして広く知られています。

兵庫県の三田市。江戸時代には三田藩の城下町として繁栄しました

では、全国的にみると「三田」の地名は何とよばれているのでしょうか。今まで何度も記してきましたが、「日本歴史地名大系」の項目の中心は江戸時代の村(および町)、この江戸時代の村名(町名)が、現在の大字(および町名)に通じています。

そこで、ジャパンナレッジの詳細(個別)検索で、「日本歴史地名大系」を選択、「三田村」と入力して検索(見出し・部分一致)をかけると、18件がヒットしました。石川県能都町と岡山県勝山町(現真庭市)で「サンデン(ムラ)」が各1件、岡山県で「ミツダ(ムラ)」が2件(岡山市と倉敷市)ヒットしましたが、それ以外の15件は「ミタ」(9件)か「サンダ」(5件)でした。

地域分布をみると、「ミタ」は、

関東地方 1
中部地方 2
近畿地方 5
中国地方 1

と、近畿地方に多く、一方、「サンダ」は、

関東地方 2
中部地方 2
近畿地方 1

という分布になっています。「ミタ」の読みは近畿に多く、「サンダ」の読みは関東・中部に多いといえると思います。

はじめに、「三田」の読みは、首都圏では「ミタ」、関西圏では「サンダ」が広く知られた読み方だ、と記しました。しかし、一般的な地名としての「三田」は、広く知られた地名とは逆に、首都圏(中部地方も含めて)では「サンダ」、関西圏では「ミタ」が優勢であることが判明しました。

また、「三田」は全国どこにでもある地名のように思えますが、少なくとも江戸時代の村名(現在の大字に相当)レベルでいえば、北海道・東北地方、四国地方、九州・沖縄地方では全くみられない、というのも驚きです。

次に、「三田」の表記ではなく、「ミタ」と「サンダ」の読み方の面からも調べてみましょう。先程と同じく、ジャパンナレッジの詳細(個別)検索で「日本歴史地名大系」を選択し、「みたむら」と入力。「とみたむら」などがヒットしないように見出し・完全一致の条件で検索をかけると、12件がヒット。「実田村」(北海道浜益村、現石狩市)、「見田村」(奈良県菟田野町、現宇陀市)、「美田村」(島根県西ノ島町)の各1件を除いた9件が「三田村」でした。

同様に「さんだむら」で検索をかけると、6件がヒット。「散田村」(東京都八王子市)1件を除いた5件が「三田村」でした。

「ミタムラ」も「サンダムラ」も、表記のうえで考えると、「三田」が主流であることがわかります。

東京都八王子市の散田地区。「散田」と記して「さんだ」と読みます

鏡味完二・鏡味明克の「地名の語源」(1977年、角川小辞典13)によると、「ミタ」の語源として、(1)神社所属の田、(2)苗代田に対しての本田、(3)ムタ(湿地、泥田の意。表記は「牟田」など)の転訛をあげています。実際、前出の港区「三田」をはじめ、多くの「ミタ」地名に、かつて神領であったという伝承があります。

ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」によると「ミタ」(表記は「御田」「屯田」)には、「令制以前、大王の地位に付属する供御料田」や「官司所属の直営田。令制の官田」の意味合いがあり、神領以外にも供御料田や官田に由来する「ミタ」地名もあるでしょう。

一方、「サンダ」は「地名の語源」によれば、散田さんでんに由来するといいます。「散田」とは「日本国語大辞典」によると、

(1)本来の姿を失った田地。また、あるべき姿でない田地。具体的には、荒廃田、損田、川成田や無主田。公田に対する私有田、坪内に散在する田地。
(2)荘園で、請作人に割り当てて請作(うけさく)させ、地子を取ること。また、その田地。荘園領主が所有する。
(3)荒廃した悪田。
(4)江戸時代、農民の死亡、逃散、犯罪などによって無主となった田地。

といった意味があります。前出の石川県と岡山県でヒットした、「三田村」と記して「サンデンムラ」と読む(江戸時代の)村も、「散田」由来の村名かも知れません。

ここまでの検討でいえば、どちらかといえば官田(公田)の意味合いが強い「御田」や「屯田」に由来する「ミタ」地名と、(公田に対して)私有田の意味合いが強い「散田」に由来する「サンダ」地名という、互いに相反する意味合いを有する地名が、のちの表記の変遷で、どちらも同じ「三田」の表記になってしまった、という可能性もあるのではないでしょうか。

地名の考察は、その「表記」より「読み方」が重要、ということを改めて確認した次第となりました。

(この稿終わり)