先回までは府中市(広島県と東京都)・伊達市(北海道と福島県)という全国に2つある同一市名について考察してきました。そこで、シリーズ最終回の今回は「同一市名の避け方」について考察します。
ある町(仮に「A町」とします)が市制に移行しようとした、あるいは複数の町村が合併・市制施行して新市名に「B市」という名称を採用しようとした、ところが、すでに「A市」「B市」は存在していた……、こういった場合、これまでよく用いられた方法は、東・西・南・北、あるいは武蔵・安芸・豊後といった旧国名を「A市」「B市」という固有部分に冠し「◇A市」「○○B市」などと名乗って区別をつける方法です。
もっとも近年は、たとえば
まず、先行する同一市名を回避するために「東・西・南・北」+「(同一市名の)固有部分」の形式を採用した市名を表にしてみました。
市 名 | 都道府県 | 成立以前の市町村 | 新市成立日 | 先行した同名市 | 市制施行日 |
東松山市 | 埼玉県 | 松山町など1町4村 | 昭和29年7月1日 | 愛媛県松山市 | 明治22年12月15日 |
東大阪市 | 大阪府 | 布施市・河内市・枚岡市 | 昭和42年2月1日 | 大阪府大阪市 | 明治22年4月1日 |
東久留米市 | 東京都 | 久留米町 | 昭和45年10月1日 | 福岡県久留米市 | 明治22年4月1日 |
東広島市 | 広島県 | 西条町など4町 | 昭和49年4月20日 | 広島県広島市 | 明治22年4月1日 |
北広島市 | 北海道 | 広島町 | 平成8年9月1日 | 広島県広島市 | 明治22年4月1日 |
西東京市 | 東京都 | 田無市・保谷市 | 平成13年1月21日 | (東京特別区) | 明治22年4月1日 |
北秋田市 | 秋田県 | 鷹巣町など4町 | 平成17年3月22日 | 秋田県秋田市 | 明治22年4月1日 |
南相馬市 | 福島県 | 原町市・小高町・鹿島町 | 平成18年1月1日 | 福島県相馬市 | 昭和29年3月31日 |
北名古屋市 | 愛知県 | 師勝町・西春町 | 平成18年3月20日 | 愛知県名古屋市 | 明治22年10月1日 |
南島原市 | 長崎県 | 加津佐町など8町 | 平成18年3月31日 | 長崎県島原市 | 昭和15年4月1日 |
なお、東京都西東京市の場合、先行する「東京市」は存在しませんが(東京特別区はあります)、表に加えました。新潟県南魚沼市の場合は魚沼市(新潟県)と同日の市制施行ですから(回避したわけではないので)、表に加えていません。
東京都東村山市の場合は、昭和39年に「東村山町」が市制施行して「東村山市」となったのであり、山形県村山市(昭和29年市制施行)を回避したわけではありません。位置関係でいえば先行する山形県村山市の南方にあたり、これを回避したのであれば「南村山市」となるはずですから、東村山市も表には加えませんでした。同様に東京都東大和市(昭和45年大和町が市制施行)の場合も先行する神奈川県大和市(昭和34年市制施行)の北方に位置しており、東大和の「東」は東京の意で、東・西・南・北ではないと考えられますから、表からはずしました。
また、昭和31年(1956)に茨城県
さて、この表を見て気付くことがあります。それは、新しく市になる前の町名が、先行する市名と同じ(重複する)ケース(東松山市・東久留米市・北広島市)では、先に市制施行した市(回避すべき対象)とはある程度距離が離れている、という点です。一方で、新市を構成した旧市町村名に重複する固有部分は含まれていないのに、先行する市名の固有部分に「東・西・南・北」を加えて新市名としたケース(東大阪市・東広島市・西東京市・北秋田市・南相馬市・北名古屋市・南島原市)では、いずれも先行する市と隣接しています。
つまり、前者の場合は先行する市がなければ、そのまま埼玉県松山市・東京都久留米市・北海道広島市を名乗ったと考えられます。一方、後者のケース、とくに東大阪市・東広島市・西東京市・北名古屋市の場合は、あきらかに大阪・広島・東京・名古屋といった先行する大都市にあやかって新市名を採用したのであり、これら大都市がなければ自ら大阪府大阪市・広島県広島市・東京都東京(市)・愛知県名古屋市を名乗ることはなかったのではないか、と考えられます。
ただし、後者のケースでも北秋田市は旧所属郡である北秋田郡に由来し、南相馬市は相馬郡(あるいは相馬地方)の南部、南島原市は島原半島の南部という意もあり、必ずしも秋田・相馬・島原の各市にあやかったわけではないので、秋田・相馬・島原の先行市がなくても、現在の新市名と同じ北秋田市・南相馬市・南島原市名を名乗った可能性は低くなかった、と考えられます。
次は旧国名を冠して区別するケースの考察です。このケースも非常に多く、全国に15前後あります。大阪府の
「旧国名+固有部分」の具体例をあげれば、奈良県
ところで、旧国名を冠した市名で、国名部分を除いた固有部分が同一の市が複数存在するケースがあります。答えは「高田」で(読みは「たかた」と「たかだ」)、奈良県の
じつは、これら各高田市の遠慮対象であった新潟県の
平成16年に市制施行した広島県の
「高田」の場合と同様に、遠慮の対象であった先行市が、その後に消滅してしまったというケースはほかにもあります。たとえば高知県
土佐清水市は「清水町」、近江八幡市は「八幡町」が中核となって市制に移行しましたから、遠慮対象市の消滅後に「清水市」「八幡市」に名称を変更してもよさそうなものですが、その動きはありませんでした。すでに「土佐清水」「近江八幡」の市名が定着し、地元住民にも馴染んだ名称になっていたのだと思います。
なお、近江八幡市が「八幡市」に変更しなかったためか、昭和52年には京都府
ところで、近年、筆者が注目している町があります。それは広島県の安芸郡府中町です。もちろん、安芸国府に由来する町名で、平成22年(2010)の国勢調査人口は5万422人と5万人を越えています。つまり、いつ市制に移行してもおかしくない町といえます。
さて、この広島県安芸郡府中町が市制施行したとしたら、どういう新市名を名乗るのでしょうか。もっとも、府中町は四周をぐるりと広島市に囲まれていますから、いずれ広島市に編入されて「広島市府中区」になる、という可能性は否定できませんが……。
かりに、このままで市制に移行するとすれば、府中町ですから「府中市」となるのが自然の流れといえます。しかし、このシリーズの最初で触れたように、すでに府中市は全国に2つ存在しています。しかも、そのうちのひとつは同じ広島県内にありますから、監督官庁は「府中市」という名称を絶対に許可しないでしょう。こういった場合、今までみてきたように、旧国名を冠するのが無難ですから、新市名候補は「安芸府中市」が最有力といえるでしょう。
ただし、同じ広島県に府中市と安芸府中市が存在するのはおさまりが悪い、という見方もあると思います。そこで、先行していた広島県府中市もあわせて「備後府中市」と名称変更し、安芸府中市・備後府中市の両雄が並び立つ、という図式はどうでしょうか。さらに、東京都府中市もこれと歩調をあわせ(なにせ広島県と東京都の両府中市は、ともに自治庁に抗った仲ですから)、「武蔵府中市」と改称する……。
総務省にとっても、この解決方法は、2つの府中市という問題を解消するだけではなく、地名を聞いただけで、その由緒がすぐに判明する、いわば理想的な重複市名解決の見本となりますから、3市連携の改称を積極的に援助する……、こういった事態になることを筆者は密かに期待しています。
(この稿終わり)