日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
地名の由来、歴史、風土に至るまで、JK版「日本歴史地名大系」を駆使して解説します。
さらに、その地名の場所をGoogleマップを使って探索してみましょう。

第46回 湊・津・泊・浦、……そして今津(2)

2010年12月10日

先回は、船の停泊地をあらわす言葉である「湊」「津」「泊」「浦」について、JK版「日本歴史地名大系」のキーワード分布図機能を使って、それぞれの分布特性を探ってみました。その結果、「湊」地名および「泊」地名は日本列島の南・北両端部(周縁部)に多いこと、「津」地名は逆に列島の中心部に濃密な分布がみられること、「浦」地名は西南日本に向かうほど漸増傾向を示すこと、などが特徴としてつかめました。

このような地域分布特性をもとに、筆者は次のような仮説を立ててみました。それは、「津」地名の分布は、古代、あるいはそれ以前から大陸との交流の大動脈であった、北部九州から瀬戸内海を経て畿内地方に至る道筋(海路)と重なり合うのではないか? 南西に行くほど濃密に分布する「浦」地名は、その先に、いわゆる「海上の道」(黒潮の道)を想定できないか? 残る「湊」地名、「泊」地名は、これら渡来の文化的影響が比較的少なかった周縁部(南・北両端部)に多く残されたのではないか? という仮説です。

ただし、これはあくまでも筆者の臆測から導き出された仮説です。何の検証も加えていませんので、どこまで的を射ているかは保証の限りではありません。

ちなみに前述の仮説に従えば、周縁部に多く残される「湊」地名や「泊」地名は、外来文化の影響が考えられる「津」地名や「浦」地名よりも古い地名ということになります。そこで、試みにJK版「日本国語大辞典」で「湊」「津」「泊」「浦」の出典・用例を調べてみたところ、いずれの言葉も〈記紀〉〈万葉〉に載る古い言葉で、新旧の判断はつきませんでした。

もちろん、先に述べた「大陸との交流」や「海上の道」というのは、〈記紀〉〈万葉〉が成立する遙か以前のことを想定していますから、史料・文献に見える後先だけで、その地名の成立時期を判断することはできないのですが。

ただ、現在では言語学や比較民族学といった人文学的側面、分子生物学といった生物学的側面などの研究も進み、日本列島で育まれた文化は、複数の地域に由来する文化が混合・複合して形作られたものである、という考え方が有力になっています。

「湊」「津」「泊」「浦」の分布に地域的偏差が認められるのも、こうした複層構造を持った日本文化の表れの一端ではないか、というのが筆者仮説の肝要点、といったところでしょうか。

なお、もう一点述べますと、江戸時代(近世)には漁業や海運業を中心とする地域・集落を「浦方」とよび(「○○浦」「××浦」などと名付け)、農業を中心とする「村方」と峻別して支配行政の末端単位として捉える藩も数多くありました。ですから、「浦」地名の分布については、藩の事情によるバイアスがかかっていることも考慮しなければならないでしょう。

ところで、「湊」「津」「泊」「浦」地名を調べていると、「今津」という地名がよく目につきました。そこで、今度は「今津」の考察に移ります。JK版「日本歴史地名大系」の見出し検索(部分一致)で「今津」と入力すると33件がヒット、例によって、キーワード分布図機能を使用した県別分布図を掲載します。

 

「今津」のキーワード分布図

キーワード今津の分布図
*分布図をクリックすると、より大きな画像で見られます。

 

青森県の2件、千葉県・東京都の各1件を除けば、畿内から中・四国、北部九州に分布が集中しています。

ただし、滋賀県の4件は、琵琶湖の北西岸に位置し、かつて琵琶湖舟運の要津として繁栄した「今津」について、『滋賀県の地名』刊行当時の自治体名である「今津町」(滋賀県高島郡今津町)、近世村落としての「今津村」、今津村内に形成された湊である「今津湊」、および変更地名として平成の大合併で誕生した「高島市」の構成自治体名である「今津町」の4件がヒットしたもので、実質的に滋賀県に所在する「今津」地名は、いわゆる「近江今津」の1箇所だけということになります。

こういった同じ場所で複数の項目がヒットした場合を除くと、「歴史地名」では全国で22箇所の「今津」地名が項目立てされていました。

現在の市町村名でいいますと、北から順に青森県の外ヶ浜そとがはま町(旧平舘たいらだて村)、千葉県の市原市、東京都の台東たいとう区、滋賀県の高島市(旧今津町)、京都府の亀岡市、大阪府の大阪市鶴見区、兵庫県の神戸市西区、西宮市、豊岡市(旧城崎きのさき町)、加古川市、高砂市、鳥取県の米子市(旧淀江よどえ町)、島根県の安来やすぎ市、隠岐の島町(旧西郷町)、岡山県の高梁たかはし市、広島県の福山市、山口県の岩国市、徳島県の阿南あなん市(旧那賀川町)、香川県の丸亀市、福岡県の福岡市西区、北九州市門司区、大分県の中津市の22箇所です。

東北・関東地方の「今津」地名、および前述の「近江今津」を除くと、「今津」の分布傾向は、山陰から下関を廻って瀬戸内海を東進し、畿内に至る経路=北海道・東北地方と畿内とを結んだ西廻海運航路の後半部=に重なると思いませんか? もちろん、この「西廻海運航路」に重なるという仮説も、これまた筆者の臆測の産物なのですが……。このあたりについては、また次回に。

 

(この稿次回に続く)