日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
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さらに、その地名の場所をGoogleマップを使って探索してみましょう。

第159回 渋谷(しぶや)はメジャー? マイナー?(1)

2019年10月04日

東京都の渋谷地区は、若者文化の発信地として広く全国にその名が知られています。江戸時代には「江戸」の場末で、町方と村方が接する地域でしたが(村方が主)、近代に入り、鉄道のターミナルとなって発展の礎が築かれました。

そのあたりの事情に就いて、ジャパンナレッジ「日本歴史地名大系」の【渋谷】の項目は次のように記します。

現渋谷区の中央部から南部にかけての地域名称。江戸時代には上渋谷村・中渋谷村・下渋谷村などのほか、渋谷宮益しぶやみやます町・渋谷東福寺しぶやとうふくじ門前・渋谷道玄坂しぶやどうげんざか町・渋谷広尾しぶやひろお町、渋谷長谷寺しぶやちようこくじ門前(現港区)を含む広い地域を称した(御府内備考)。明治一八年(一八八五)に日本鉄道(現JR)が開通して中渋谷村に最初の渋谷停車場が開業、市街化への幕が開かれた。同四〇年に玉川電車が渋谷―二子玉川(ふたこたまがわ)(現世田谷区)間に、同四四年には東京市電が渋谷駅前―須田すだ町(現千代田区)間に開通。こうして渋谷駅がターミナル化し、中渋谷から道玄坂・宮益坂みやますざか方面の商業化・市街化が始まった。

さらに、大正9年(1920)には国電(現JR)渋谷駅が約300メートル北方、現在の渋谷駅の地に移転します。続いて、

同一一年には玉川電車が渋谷―渋谷橋しぶやばし間に開通、次いで天現寺橋てんげんじばし(現港区)、中目黒なかめぐろ(現目黒区)へと延長された。さらに昭和二年(一九二七)東京横浜電鉄(現東急東横線)が渋谷に乗入れ、同八年に帝都電鉄(現京王井の頭線)が開業、同一四年には日本初の地下鉄東京高速鉄道(現営団銀座線)が渋谷―浅草間に全通するなど、渋谷駅のターミナル化がいっそう進み、周辺の衛星都市化が顕著になった。それは関東大震災後の東京近郊の宅地化と表裏一体をなしていた。なお渋谷駅前広場のシンボルになる忠犬ハチ公の銅像が建てられたのは同九年のことであった。(後略)

と、あります。また、地名の由来について、ジャパンナレッジ「世界大百科事典」の【渋谷】の項目は「渋谷の地名のおこりは明らかでないが,かつて海岸であったころ塩谷と呼ばれていたのが渋谷となったという説,12世紀に相模国の渋谷氏の所領があったためという説などがある」と記します。鏡味完二・鏡味明克の「地名の語源」(1977年、角川小辞典13)は【シブ】について「しぼむ地形」をあげており、古川の上流にあたる渋谷川と支流宇田うだ川が山の手台地に刻んだ萎んだ谷地形に由来するとも考えられるでしょう。

ところで、「日本歴史地名大系」の項目の基本となる江戸時代の「町」や「村」で「渋谷」を検索すると、「しぶや」と読むのは、東京都の渋谷(上・中・下の渋谷村)のほかには、千葉県茂原もばら市の「渋谷村」の1件のみで、ほかに、神奈川県で中世の「渋谷庄」がヒットします。一方、「しぶたに」の読みでは、福島県猪苗代いなわしろ町の「渋谷村」、京都市東山区の「渋谷町」、大阪府池田市の「渋谷村」、奈良県天理市の「渋谷村」の計4件、ほかに富山県高岡市の「渋谷新村」もヒットしました。

地名の読み方でいえば「しぶたに」の読みが優勢であることがわかります。若者文化の発信地として「渋谷」は「メジャー」ですが、地名の読みでいえば「マイナー」であることが判明しました。

若者文化の発信地、「渋谷」界隈

ところで、ジャパンナレッジの「字通」によると、「谷」の読みは音が「コク」で、訓は「たに」と「きわまる」、同じく「新選漢和辞典 Web版」は音が「コク」で、訓は「たに」――どちらも「や」の読みはあげていません。

私たちは「谷」の字を見て普通に「や」の読み方を思い浮かべますが、漢字辞典では採用されていないようです。

一方、ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」は「や【谷】」の項目で「やつ(谷)」に同じと記し、「やつ【谷】」の項目では「たに。たにあいの地。特に鎌倉・下総(千葉県・茨城県)地方で用いる」と記して、さらに、「やち(谷地)」の語誌を参照せよとあります。そこで、「やち【谷地・谷・野地】」の語誌を見ると、次のように記されていました。

(1)東北方言では、普通名詞として、湿地帯を意味する。関東地方の「やと」「やつ」は、現在では「たに」と同義か。しかし、「や」は「四谷」「渋谷」など、固有名詞を構成する形態素としては存在するが、普通名詞としては使われない。
(2)アイヌ語に沼または泥を意味するヤチという語があるところから、地名に多く見られる「やち」「やと」「やつ」「や」がアイヌ語起源であるとの説(柳田国男)があった。しかし、北海道の地名にこれらの語が使用されていないところから、むしろアイヌ語のヤチの方が日本語からの借用語ではないかと考えられている。

「渋谷」を「しぶや」と読むか、「しぶたに」と読むか、から始まった考察でしたが、ずいぶん複雑な様相を呈してきました。そのあたりは次回に。

(この稿続く)