東京都の渋谷地区は、若者文化の発信地として広く全国にその名が知られています。江戸時代には「江戸」の場末で、町方と村方が接する地域でしたが(村方が主)、近代に入り、鉄道のターミナルとなって発展の礎が築かれました。
そのあたりの事情に就いて、ジャパンナレッジ「日本歴史地名大系」の【渋谷】の項目は次のように記します。
現渋谷区の中央部から南部にかけての地域名称。江戸時代には上渋谷村・中渋谷村・下渋谷村などのほか、
さらに、大正9年(1920)には国電(現JR)渋谷駅が約300メートル北方、現在の渋谷駅の地に移転します。続いて、
同一一年には玉川電車が渋谷―
と、あります。また、地名の由来について、ジャパンナレッジ「世界大百科事典」の【渋谷】の項目は「渋谷の地名のおこりは明らかでないが,かつて海岸であったころ塩谷と呼ばれていたのが渋谷となったという説,12世紀に相模国の渋谷氏の所領があったためという説などがある」と記します。鏡味完二・鏡味明克の「地名の語源」(1977年、角川小辞典13)は【シブ】について「しぼむ地形」をあげており、古川の上流にあたる渋谷川と支流
ところで、「日本歴史地名大系」の項目の基本となる江戸時代の「町」や「村」で「渋谷」を検索すると、「しぶや」と読むのは、東京都の渋谷(上・中・下の渋谷村)のほかには、千葉県
地名の読み方でいえば「しぶたに」の読みが優勢であることがわかります。若者文化の発信地として「渋谷」は「メジャー」ですが、地名の読みでいえば「マイナー」であることが判明しました。
若者文化の発信地、「渋谷」界隈
ところで、ジャパンナレッジの「字通」によると、「谷」の読みは音が「コク」で、訓は「たに」と「きわまる」、同じく「新選漢和辞典 Web版」は音が「コク」で、訓は「たに」――どちらも「や」の読みはあげていません。
私たちは「谷」の字を見て普通に「や」の読み方を思い浮かべますが、漢字辞典では採用されていないようです。
一方、ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」は「や【谷】」の項目で「やつ(谷)」に同じと記し、「やつ【谷】」の項目では「たに。たにあいの地。特に鎌倉・下総(千葉県・茨城県)地方で用いる」と記して、さらに、「やち(谷地)」の語誌を参照せよとあります。そこで、「やち【谷地・谷・野地】」の語誌を見ると、次のように記されていました。
(1)東北方言では、普通名詞として、湿地帯を意味する。関東地方の「やと」「やつ」は、現在では「たに」と同義か。しかし、「や」は「四谷」「渋谷」など、固有名詞を構成する形態素としては存在するが、普通名詞としては使われない。
(2)アイヌ語に沼または泥を意味するヤチという語があるところから、地名に多く見られる「やち」「やと」「やつ」「や」がアイヌ語起源であるとの説(柳田国男)があった。しかし、北海道の地名にこれらの語が使用されていないところから、むしろアイヌ語のヤチの方が日本語からの借用語ではないかと考えられている。
「渋谷」を「しぶや」と読むか、「しぶたに」と読むか、から始まった考察でしたが、ずいぶん複雑な様相を呈してきました。そのあたりは次回に。
(この稿続く)