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第145回 重伝建の分類

2018年08月03日

重要伝統的建造物群保存地区(略して「重伝建」)については、かなり以前、この欄でとりあげました(第43回、第44回の「重伝建=ジュウデンケンをご存じですか?(1)、(2)」2010年)。 当時、87地区であった保存地区も現在(2018年)では117地区に増加しています。

文化庁では保存地区を27の種別に分類していますが、保存地区を有する自治体が集まって結成された「全国伝統的建造物群保存地区協議会」(略して「伝建協」=デンケンキョウ)では、次の8種にまとめていて、とてもわかりやすい分類となっています。このことは、先に「重伝建」を取り上げた際にも言及しました。

〈集落〉
〈宿場の町並〉
〈港と結びついた町並〉
〈商家の町並〉
〈産業と結びついた町並〉
〈茶屋の町並〉
〈社寺を中心とした町並〉
〈武家を中心とした町並〉

ちなみに、文化庁の27分類と「伝建協」の8分類の関係は以下のとおりです(先にあげたのが文化庁の分類)。

山村集落、漁村集落、農村集落、島の農村集落、村落、船主集落〈集落〉
宿場町、講中宿〈宿場の町並〉
港町〈港と結びついた町並〉
商家町、在郷町〈商家の町並〉
養蚕町、鉱山町、製塩町、製蝋町、製磁町、漆工町、醸造町、製繊町〈産業と結びついた町並〉
茶屋町〈茶屋の町並〉
門前町、寺内町、里坊群、社家町、寺町〈社寺を中心とした町並〉
城下町、武家町〈武家を中心とした町並〉

また、「伝建協」の8種の分類を地区数の多い方から順番にあげると、以下のとおりになります。

商家の町並=31地区
集落=24地区
武家を中心とした町並=17地区
港と結びついた町並=13地区
産業と結びついた町並=12地区
社寺を中心とした町並=9地区
宿場の町並=8地区
茶屋の町並=3地区

商家の町並が多いのは、川越(埼玉県川越市)、山町筋(富山県高岡市)、八幡(近江八幡市)、豆田町(大分県日田市)など、近代以降になっても周辺では卓越した商圏を維持してきた(古い建物でも地域一番店の地位は揺るがない)地区が多かったからではないでしょうか。

一方で、商業地区として最先端を走り続けている日本橋(江戸・東京都)や船場(大坂・大阪府)などは、時代とともに新しい建物に生まれ変わることで、その地位を維持してきたため、古い景観を維持することは難しかったのではないか、と推測します。

江戸時代、博多と肩を並べると称された日田の中心街、豆田町

〈集落〉が2番目に多いのは、文化庁の分類でいえば「山村集落、漁村集落、農村集落、島の農村集落」等々の多様な形態が含まれているからと考えられます。3番目の〈武家を中心とした町並〉は17件。出石(兵庫県豊岡市)、秋月(福岡県朝倉市)、飫肥(宮崎県日南市)などの城下町が含まれており、6位の〈社寺を中心とした町並〉とともに、江戸時代にタイムスリップしたような感覚に襲われそうな、いかにも「重伝建」らしい地区といえるでしょう。

4位の〈港と結びついた町並〉、5位の〈産業と結びついた町並〉は、最もバラエティに富んだジャンルといえます。江戸時代を思わせる宿根木(新潟県佐渡市)からモダンな北野町山手通(神戸市)、醤油の湯浅(和歌山県湯浅町)や織物の桐生新町(栃木県桐生市)と、町並もそれぞれが個性的といえます。

ところで、中山道の妻籠宿(長野県南木曽町)や奈良井宿(長野県塩尻市)など、高名な観光地も含まれる〈宿場の町並〉が8件と少ないのは、どうしてでしょうか。一般的に、宿場などの交通集落は、交通体系の変化とともに新陳代謝を繰り返します。新しい道ができれば、新しい道に沿って新しい集落が誕生して取って代わり、一方で、古道の集落は衰退します。

宿場に分類された8件は、妻籠・奈良井のほかに大内宿(福島県下郷町、南山通り)、海野宿(長野県東御市、北国街道)、熊川宿(福井県若狭町、若狭街道)、赤沢(山梨県早川町、久遠寺から七面山への参詣道)、関宿(三重県亀山市、東海道)、佐々並市(山口県萩市、萩往還)の6件。

いずれも、近代に入ると早くに主要交通路から脱落するのですが、農林業や養蚕など、替わるべき産業があって古い景観の維持が可能だったようです。東海道の関宿の場合は、新しい交通体系(現在の関西本線)が比較的近くを通ることとなり、古い景観を維持したままでの産業転換ができたのではないか、と筆者は推測しています。もちろん、江戸時代の東海道の宿駅としての蓄積も、欠かせない要因であったと思われます。

南山通り(下野街道・会津西街道)の宿場だった大内地区

最後は最も少ない3件の〈茶屋町〉です。3件は「東山ひがし」、主計町(ともに石川県金沢市)、祇園新橋(京都市)で、文字通り、茶屋(客が遊女・芸者を揚げて遊ぶ家=ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)が軒を並べる町。重伝建に指定されるような古い景観を残す茶屋町は、その古い趣のある景観を売り物の一つにして、現在も歓楽街として活況を呈しています。

古い景観=物静かな町並=重伝建指定地区、といった先述した〈武家を中心とした町並〉のイメージとは正反対の地区です。しかし、古い景観を「博物館行き」といった考え方でなく、現在も生業の重要な要素として活用しているのですから、ある意味で理想的な、最もその趣旨にかなった重伝建地区といえるかもしれません。

茶屋が軒を連ねる祇園新橋地区

(この稿終わり)