近代を迎える以前(ただし、律令制の導入以後)、全国の地域行政区画は、六十余州(66国と2島)とよばれた「国」が単位でした。明治維新後、明治元年(1868)の府藩県三治制に始まり、廃藩置県(明治4年)、郡区町村編制法(明治11年)、府県制(明治23年)などを経て、第2次世界大戦後の昭和22年(1947)に地方自治法が施行され、現在の都道府県制が確立し、全国の市町村を束ねています。
ところで、都道府県名(固有部分)は、東京・大阪・愛知・神奈川など、2-3字の漢字で表記されます。一方、国名は武蔵(国)・摂津(国)・三河(国)・相模(国)のように、2字の漢字表記が定則。もっとも漢字2字の表記に統一されたのは8世紀に入ってからのことで、このあたりの事情については、かつて『「歴史地名」もう一つの読み方』で取り上げた「地名の表記と変遷(3)」で触れていますので、少し引用してみましょう。
『続日本紀』和銅六年(七一三)五月二日条に「制、畿内七道諸国郡郷名着好字」とあり、これに基づいたとみられる『延喜式』民部省には「凡諸国部内郡里等名、並用二字、必取嘉名」とみえる。それまで一~四字と不統一で、一つの地名に幾通りもの文字使いがあった国・郡・郷(里)などの行政地名を、中国風の二字・好字に改訂し、固定化させようとしたもので、中央政権の地方支配を貫徹せんとするものであった。なお国名については、すでに大宝令制下で改訂が進んでいたとみられ、郷名の改訂が完成するのは神亀年間(七二四~七二九)に至ってからと推定されている。この政策は漢字表記の次におとずれた地名変革の第二波といえる。
(2007年3月9日公開)
今、私たちが旧国名に限らず漢字2字の形式を地名表記の常道と感じるのは、上述の政策が定着し、一千年以上の歳月が流れたからかもしれません。また、地名に由来することの多い苗字も、畠山、馬場、今川、三浦とか、あるいは前田、野村、福井、青木など、漢字2字の表記が、最も普通だと感じるのではないでしょうか。
先に「六十余州」という表現を用いましたが、武蔵・摂津・三河・相模といった国名は、武蔵を武州(ぶしゅう)、摂津を摂州(せっしゅう)、三河を三州(さんしゅう)、相模を相州(そうしゅう)というように、「○州」という形式でよぶ別称(異称・略称)も私たちに馴染み深い言い方です。
JK版「日本国語大辞典」で、讃岐国の別称・異称である「讃州(さんしゅう)」をひきますと、その用例が見える早い史料として「
ところで、遠州(えんしゅう)森の石松といえばピンときますが、遠江(とおとうみ)森の石松といってもピンときません。うどんは断然「讃岐うどん」で、「讃州うどん」はあまり耳にしません。味噌はやはり「信州味噌」で、浄瑠璃の名作といえば「摂州
さらに続ければ、古く武蔵国で製造された
あるモノに国名を冠していう場合、「○○(国)」という正称を冠するか、はたまた「○州」の略称を用いるか、語感や言い習わしなどが複雑に絡み合って決まるのでしょうが、その法則を探り当てることは、筆者の手に負えるものではありません。
でも、「○州」という別称の「○」部分の選択に、どのような法則があるかは、筆者にも簡単に導き出せそうです。以下は筆者が導き出した結論……あたりまえといえば、あたりまえの法則です。
【法則1】他の国の使用文字と重複しない場合、2字の国名表記の「頭字+州」というのが基本となる。
【法則2】頭字が他国の頭字と重複する場合は、2字の国名表記の「第2字(次の文字)+州」とする。
【法則3】備前・備中・備後、あるいは筑前・筑後、豊前・豊後など、前・(中)・後で区分けされる国の場合、備州(びしゅう)、筑州(ちくしゅう)、豊州(ほうしゅう)など、総称としての別称はあるが、個々の国ごとの別称はない。
法則1は武州・摂州・三州など、今までさんざん例を挙げてきましたので、省略します。法則3も、先に備前・備中・備後などの具体例に言及しましたから省略です。
法則2は、たとえば頭字が「安」で重複する安房(国)と安芸(国)ならば、安房が「房州(ぼうしゅう)」、安芸が「芸州(げいしゅう)」という按配になります。同様に、頭字がともに「美」である美濃(国)と美作(国)で、それぞれ「濃州(のうしゅう)」「作州(さくしゅう)」となります。このような例はほかにもありますが、これは皆さんで考えて下さい。
ところで、この「頭字の重複」が4カ国にわたるものがあります。何という字で、共有する4カ国を挙げることができますか?
答えは「伊」の字で、4カ国とは伊予国、伊賀国、伊豆国、伊勢国の4カ国です。別称はそれぞれ予州(よしゅう)、賀州(がしゅう)、豆州(ずしゅう)、勢州(せいしゅう)となり、いずれも法則2が適用されていることがわかります。
法則、法則といってきましたが、もちろん法則には例外が付きものです。次回はこの例外の考察をします。
(この稿続く)