日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
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第146回 「富士見」は意外と新しい?

2018年09月07日

「富士見」という地名はよくある地名です。鏡味完二・鏡味明克の『地名の語源』(1977年、角川小辞典13)の「フジミ」の項目には「そこから富士山がみえる所。駿河富士の可視圏内に分布」との説明があります。

ジャパンナレッジの詳細(個別)検索で「角川日本地名大辞典」を選択、見出し(部分一致)で「富士見」を検索すると288件がヒットします。もちろん、「富士見坂」や「富士見台」などの地名も含まれていますし、また、ジャパンナレッジの「角川日本地名大辞典」は、一箇所の地名でも時代・年代別に項目立てされていて重複してカウントしますので、それらを含んだ数値となります。

そこで、「見出し種別」で、複数の時代にまたがる項目は一つにまとめてカウントする「まとめ見出し」を選択、同様に「富士見」を検索すると136件がヒットしました。

地域別では北海道・東北が20件、関東が67件、中部が32件、近畿が3件、中国が4件、四国が2件、九州が8件となっています。

北海道から九州まで広く分布しており、「駿河富士の可視圏内に分布」するという定義からは逸脱しています。

たとえば、北海道遠別えんべつ町の「富士見」は「海上に利尻山(利尻富士)が眺望できることによる」、長崎県長崎市の富士見町は「地内から見る金比羅山が富士山に似ていることにちなむ」といいますから(以上、「角川日本地名大辞典」)、「富士の可視圏内」には駿河富士ばかりではなく、全国の「御当地富士」も含まれるようです。

東方に金比羅山を望む長崎市の富士見町

さきほど「角川日本地名大辞典」は「一箇所の地名でも時代・年代別に項目立てされて」いると記しましたが、こういった項目は「連立見出し」とよばれます。そこで、今度は「見出し種別」の「連立見出し」を選択し、同様に「富士見」で検索をかけますと130件がヒット。内訳は近代が49件、現代が81件で、近世(江戸時代)以前の「富士見」地名はありませんでした。

一方、近世(江戸時代)以前の地名(江戸時代の村名・町名)を基本項目とするジャパンナレッジの「日本歴史地名大系」で「富士見」(見出し・部分一致)を検索しますと20件がヒット。このうち、名古屋市中区の「富士見原ふじみはら」が、江戸時代に「不二見原(富士見原)遊郭」のあった所として項目立てされていますが、それ以外はいずれも近代以降(明治時代以降)に名付けられた地名でした。

つまり、全国に分布する「富士見」地名のほとんどが、明治時代以降に名付けられた地名ということになります。

岡崎清記の『今昔 東京の坂』(1981年、日本交通公社出版事業局)では、異称を含めて15箇所の「富士見坂」が索引に取られています。しかし、ジャパンナレッジの「江戸名所図会」では現在の渋谷区の宮益みやます坂が「富士見坂」として項目になっているだけで、ほかは千代田区の富士見坂(永田町と平河町の間の坂)に言及している程度です。

「富士見坂」という坂名も、意外と新しい名称が多いのかもしれません。

東京渋谷の宮益坂は、江戸時代には「富士見坂」とよばれていた

ところで、現在の市区町村名として「富士見」が採用されているのは、長野県の「富士見町」と埼玉県の「富士見市」の2箇所だけです。

長野県の富士見町は明治7年(1874)に諏訪郡の10か村が合併して「富士見村」を称したのが始まりで、埼玉県の富士見市は昭和31年(1956)に入間郡鶴瀬つるせ村・南畑なんばた村と北足立郡水谷みずたに村の3か村が合併して「富士見村」を称したことに由来します。

いずれも村内から「駿河富士」が望めたことがその由来ですが、江戸時代まで域内に「富士見」を名乗った地はありませんでした。

また、長野県富士見町のうち、中央本線富士見駅を中心とした地区(最初に10か村が合併して成立した旧富士見村地区)は、現在、「富士見」の地名を称していますが(富士見町富士見地区)、埼玉県富士見市には「富士見」を含んだ地名(町名)はなく、かろうじて、北西に接する「ふじみ野市」(平成17年に上福岡市と入間郡大井町が合併して誕生)に富士見台の町名が存在します。

一方で、ふじみ野市の最寄駅の一つである「ふじみ野駅」(東武東上線。ふじみ野市の市名要因の一つ)は富士見市域にあり、「ふじみ野西」「ふじみ野東」という町名も富士見市にあります。加えて、ふじみ野市にも「ふじみ野(1丁目~4丁目)」の町名がある、といった入り組んだ状況で、外野から眺めていると、富士見市とふじみ野市で合併して「富士見野市」とでも名乗ったらどうですか、といいたくなります。

ややこしい「富士見市」と「ふじみ野市」

それはさておき、「富士見」地名は、本来、中部・関東を中心に「駿河富士」が望める地に名付けられていた地名でしたが(主に坂名や峠名として)、近代以降は一般的な地名(町名や大字)としても用いられ、のちに「御当地富士」を媒介として全国に拡散していった、と考えられるのではないでしょうか。

(この稿終わり)