日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
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第156回 高原へようこそ!

2019年07月05日

蒸し暑い日が続いています。こんな時は、澄んだ空のもと、爽やかな風が吹きわたり、緑の樹々に囲まれる高原のリゾート地で、のんびりと過ごしたいと思いませんか。

「高原」といえば、冷涼で澄んだ空気、緑豊かな森林、朝の小鳥のさえずり……さまざまなことが思い浮かびます。しかし、こういった連想は日本固有のものかもしれません。

地形学的にみると「高原」の定義はけっこう曖昧で、朝倉書店の「地形の辞典」(2017年)は次のように記しています。

比較的に平坦ないし小起伏の頂面をもち,周囲より高い広大な山地や丘陵を漠然という用語.チベット高原,デカン高原,ブラジル高原,美濃三河高原,吉備高原,妙高高原などのように,高原とよばれる地域の規模・形態および成因は多種多様であり,地形学的に明確な定義はなく,日常用語である.

たしかに、デカン高原・チベット高原と吉備高原・妙高高原を同じ土俵に上がらせることはできない相談かもしれません。ただ、「地形の辞典」の記述はあまりにも素っ気なさすぎるので、ジャパンナレッジ「世界大百科事典」の「高原」の項目もみてみましょう。

 高度が相対的に大きく起伏の小さい土地の広がりに対して用いられる地形的地域の名称。チベット高原,コロラド高原のように世界地理的な観点で用いられる場合と,志賀高原,那須高原など日本地理的に呼ばれる場合とでは,規模の点でも内容的にもかなり異なったものがある。
 日本の中でも高原の名称の付されている地域には少なくとも2種類がある。一つは阿武隈高原,北上高原,美濃三河高原,飛驒高原,吉備高原,石見高原など,その名称が明治以来教科書に取り入れられ,第2次大戦後は国定の自然地域名称として地勢図上などで採用されているものである。ただし阿武隈,北上,飛驒の3者は〈高地〉という呼名に変更された。この場合の高地は,〈二百三高地〉のように用いられる高い地点の意味ではなく,〈高原性山地〉の略称とみられる。もう一つの種類は志賀高原,蓼科高原,久住高原など,高原避暑地の意味を含めた高原で,一般的観光地の呼名でもある。(中略)
 一方,日本でいう高原のうち吉備高原,阿武隈高地など山地性のものは,比較的広い地域を占める波状の小起伏地に特色があり,これが河谷に刻まれて中山性山地の様相を呈している。地形学的には旧期の準平原または山麓階が開析されたものと解釈されている。これらは山林や牛馬の放牧地として利用される傾向が古くからあった。志賀,蓼科,久住,那須高原など高原避暑地的な高原はほとんどが火山地域の裾野にあたり1000mを上下する海抜高度に位置する。避暑地,観光保養地としての利用は明治期に始まり,近年とくにこれらの高原に盛んとなっているが,蔬菜生産を主とした高冷地農業や酪農も戦後定着するようになった。

コロラド高原(上)と那須高原(下)を同じ物指しで論じることはできない

日本の高原は美濃三河高原、吉備高原、石見高原など、地勢図や地形図に記載されるような高原(「旧期の準平原または山麓階が開析された」ところ)と「高原避暑地の意味を含めた高原で,一般的観光地の呼名」として名付けられた高原(「火山地域の裾野」に多い)が併存しており、「地形の辞典」が「日常用語」と規定したのは、「観光地名」としての「高原」が含まれることを指していると考えられます。

たしかに、「高原」の名称は「○○高原ホテル」「○○高原ゴルフクラブ」「○○高原スキー場」など、リゾート地の宿泊施設やレジャー施設に多く使用されています。

自治体の名称として「高原」が使われたのは、昭和30年(1955)に新潟県中頚城なかくびき名香山なかやま村(名香山は妙高山の古名)が妙高高原みょうこうこうげん村(のちに妙高高原町となり、現在は合併して妙高市の一部)と改称したのが早い例と思われます。平成の大合併では広島県神石じんせき神石高原じんせきこうげん町(平成16年成立。神石高原は吉備高原の一部)や愛媛県上浮穴かみうけな久万高原くまこうげん町(同じく平成16年成立。四国山地、面河おもご川の流域)などが誕生し、ともに「高原の町」として観光事業に力を注いでいます。

鉄道の駅名でも、面白山高原おもしろやま駅(JR仙山線。山形市)、安比高原あっぴこうげん駅(JR花輪線。岩手県八幡平はちまんたい市)など、「高原」の付くものが多くあります。なかには、伊豆高原駅(伊豆急行。伊東市)のように、昭和30年代に伊豆急行が大室おおむろ山(580メートル)の山麓を「伊豆高原」と称して別荘地として開発し、その最寄駅として誕生したため、標高は約65メートル、すぐ近くが海という「高原駅」もあります。

海にほど近い「伊豆高原駅」と伊豆高原別荘地

新幹線の駅名にも「高原駅」があります。東北新幹線の「くりこま高原駅」(宮城県栗原市)と上越新幹線の「上毛高原駅」(群馬県利根郡みなかみ町)です。「くりこま高原駅」は、栗駒山(1626メートル)の東南麓を「くりこま高原」として定着させ、観光の目玉にしようとしたようですが、レジャー施設としては「南くりこま高原 一迫いちはさまゆり園」(宮城県栗原市)が目立つ程度で、まだまだ、本家である「栗駒山」の名称が勝っているようです。

「上毛高原駅」も同様で、駅は山間部に所在するのですが、周辺に「起伏の小さい土地の広がり」はあまりありません。みなかみ町の隣村、群馬県吾妻あがつま郡高山村に「上毛高原キャンプグランド」というキャンプ施設があるのですが、すぐそばにある牧場の名は「たかやま高原牧場」であり、駅名以外に「上毛高原」という名称は定着していない、というのが現状です。

「上毛高原駅」のそばに「起伏の小さい土地の広がり」は少ない

今までみてきたように、日本では地勢図や地形図に記載される「高原」よりはるかに多い「観光名称」としての「高原」が存在します。Webサイトを覗くと、東京都や沖縄県など数県を除く道府県で「高原」名称が確認できました。

日本の屋根とよばれる日本アルプスのお膝元である長野県や岐阜県には、「地勢図や地形図に記載される高原」も「観光名称としての高原」も数多くあるのですが、意外なのは北海道で、士幌しほろ高原(士幌町)や歌島うたしま高原(島牧しままき村)など両手で数えられるほどしかありません。面積や地形を考慮すると、その少なさに驚きます。

考えてみると、冷涼で澄んだ空気、緑の豊かさなどをアピールするのが観光名称の「高原」ですから、すでに「北海道」の名前で充分その効果は得られていて、ことさら「高原」を強調する必要はないため、北海道に高原名称が少ないのではないか、と推測されます。

いずれにせよ、日本の高原は世界標準の高原とはいささか乖離していることは確認できたと思います。しかし、夏に筆者が訪れてみたいと思うのは、デカン高原やチベット高原ではなく、蓼科高原、蒜山高原、えびの高原など、日本の「観光地としての高原」であることも、改めて確認できました。

(この稿終わり)