日本歴史地名大系ジャーナル 知識の泉へ
日本全国のおもしろ地名、話題の地名、ニュースに取り上げられた地名などをご紹介。
地名の由来、歴史、風土に至るまで、JK版「日本歴史地名大系」を駆使して解説します。
さらに、その地名の場所をGoogleマップを使って探索してみましょう。

第144回 温泉神社と温泉寺

2018年07月06日

日本人の風呂好き、温泉好きはつとに知られています。しかも、この習性は今に始まったことではないようです。現在の県や市区町村にあたる古代の地名(律令制で定められた国・郡・郷)の名称がわかる「和名抄」では、伊予国の温泉郡(読みは当初は「ゆぐん」、のち「おんせんぐん」)や但馬国二方ふたかた郡の温泉郷(読みは「ゆごう」)、肥後国山鹿やまが郡の温泉郷(読みは「ゆごう」)が見えます。

ちなみに、伊予国温泉郡は現在の愛媛県松山市の道後どうご温泉を含む一帯、但馬国二方郡の温泉郷は兵庫県新温泉しんおんせん町の湯村ゆむら温泉を含む一帯で、肥後国山鹿郡の温泉郷は熊本県山鹿市の山鹿温泉か、または同市の平山ひらやま温泉を含む一帯と推定されています。

現在でいえば、県内に名湯が数多くある群馬県が「温泉県」、市域のどこを掘っても「お湯が出る」といわれる大分県別府市や熊本県玉名市が「温泉市」と名乗るようなものでしょう。

ところで、掘削技術が発達した現在は、全国いたるところで温泉を掘り当てることができますが、自然湧出に頼らざるを得なかった江戸時代以前は、温泉街の一画に温泉神を祀って自然の恵みに感謝することも多かったようです。

そのあたりの事情について、ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」の「ゆの‐じんじゃ【温泉神社・湯泉神社・湯神社】」の項目は次のように記します

傷病に効能のある温泉の湧出を神の霊験とする信仰により各地にまつられた神社の総称。その大部分が大己貴神(おおなむちのかみ)・少彦名神(すくなびこなのかみ)を祭神とする。

そこで、ジャパンナレッジ「日本歴史地名大系」で、【温泉神社】【湯泉神社】【湯神社】の3つの項目を見出し検索(完全一致)で引いてみました。そうしますと、【温泉神社】で12件、【湯泉神社】で2件、【湯神社】で1件がヒットしました。

【温泉神社】12件のうち、長崎県の7件をのぞいた5件はすべて、大己貴神と少彦名神を祀っています。その5件とは以下のとおりです。

○岩手県花巻市だい温泉神社おんせんじんじゃ
  台温泉(花巻温泉の湯元)
○宮城県大崎市鳴子温泉なるこおんせん温泉神社おんせんじんじゃ
  鳴子温泉
○福島県いわき市常磐湯本町じょうばんゆもとまち温泉神社ゆのじんじゃ
  常磐湯本温泉
○栃木県那須なす湯本ゆもと温泉神社おんせんじんじゃ
  那須湯本温泉
○栃木県那須町伊王野いおうの温泉神社おんせんじんじゃ
  温泉はない

続いて【湯泉神社】【湯神社】は以下のとおりです。

○栃木県那須町芦野あしの湯泉神社ゆぜんじんじゃ
  温泉はない。祭神に少彦名神は含まれない
○兵庫県神戸市北区有馬町ありまちょう湯泉神社とうぜんじんじゃ
  有馬温泉
○愛媛県松山市道後湯之町どうごゆのまち湯神社ゆじんじゃ
  道後温泉

温泉がない那須町の芦野(現在の芦野温泉は新しい)、伊王野を除くと、いずれも古湯・名湯ぞろいです。芦野の湯泉神社、伊王野の温泉神社は、那須氏一族の芦野氏、伊王野氏がそれぞれ大檀那であり、那須氏宗家と関わりの深い那須町湯本の温泉神社の分霊を勧請したものと考えられます。

那須氏の氏神である那須町湯本の温泉神社。那須与一も祈念したという

一方、大己貴神・少彦名神を祭神としない長崎県の温泉神社7社(「おんせんじんじゃ」。「うんぜんじんじゃ」ともいう)は、雲仙温泉(現雲仙市)の温泉神社を本社として島原半島に散在する神社。「四面宮」「筑紫国魂神社」とも称し、九州鎮護の神社です。祭神は白日別命・豊日別命・速日別命・速日別命・豊久士比泥別命などで、諸説ありますが、筑紫・豊国・肥国・日向のそれぞれの国魂を祀っているといいます。祭神の面からいえば、一般的な温泉神社とは様相を異にしていますが、温泉(雲仙温泉)と深い関わりがある、という点では他の温泉神社(湯泉神社・湯神社)と同列視しても構わないのではないでしょうか。

「日本歴史地名大系」には湯の神(大己貴神・少彦名神)を祀る神社として、北海道函館市の湯倉ゆくら神社(湯の川温泉)や宮城県大崎市の温泉石ゆのいし神社(川渡かわたび温泉)、広島県広島市佐伯さえき区の湯ノ山明神社(湯の山温泉)など、さまざまな名称の神社が、ほかにもたくさん項目として立てられています。

ところで、温泉神社(湯泉神社・湯神社)があるのなら、温泉寺はどうなのか。同じく「日本歴史地名大系」で【温泉寺】の項目を見出し検索(完全一致)で引いてみました。その結果、ヒットしたのは次の7件で、読みはいずれも「おんせんじ」でした。

○秋田県大館市二井田にいだの温泉寺
  温泉はない 本尊=釈迦如来
○長野県諏訪市わきの温泉寺
  上諏訪温泉 本尊=釈迦牟尼仏
○長野県山ノ内やまのうち平穏ひらおの温泉寺
  しぶ温泉 本尊=釈迦如来
○岐阜県下呂げろ湯之島ゆのしまの温泉寺
  下呂温泉 本尊=薬師如来
○静岡県熱海市上宿町かみじゅくちょうの温泉寺
  熱海温泉 本尊=如意輪千手観音
○兵庫県神戸市北区有馬町の温泉寺
  有馬温泉 本尊=薬師如来
○兵庫県豊岡市城崎町湯島きのさきちょうゆしまの温泉寺
  城崎温泉 本尊=十一面観音

有馬温泉の湯泉神社(下)と温泉寺(上)

温泉のない大館市二井田の温泉寺をのぞくと、温泉神社と同様に錚々たる古湯・名湯の名前が並びます。一般に温泉の守護仏は薬師如来といわれていますが、薬師如来のほかにも釈迦如来や観音を本尊とする寺もあり、やはり衆生を守る仏達が本尊ということなのでしょうか。なお、二井田の温泉寺が何故温泉寺を名乗っているかは不明ですが、同寺は江戸中期の思想家、安藤昌益の墓所として知られています。

ここまで、温泉神社、温泉寺をめぐる旅を続けてきましたが(全国には「日本歴史地名大系」の項目となっていない温泉神社、温泉寺もたくさんあります)、とにもかくにも、日本人の温泉好きは相当の年季が入っていることだけは御理解いただけたかと思います。

(この稿終わり)