政令指定都市とは「人口50万以上の市のうち政令で指定された市」(JK版「日本大百科全書」)をいいます。この指定を受けると、道府県から社会福祉・衛生・都市計画など、事務権限の一部が委譲され、より独自性のある行政が可能となります。昭和31年(1956)に制度化され、この年、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸の5都市が政令指定都市となりました。これに東京都の特別区(特別地方公共団体の一種で、市に準じる扱いを受ける。23区)をまとめて「東京」として加え、先の5都市とあわせて〈6大都市〉とよびました。
法令では政令指定都市の人口要件は〈50万人以上〉ですが、実際には100万人以上(または100万人になる見込み)が運用の目安で、昭和38年(1963)に北九州市が政令指定都市となって以降、これに続く都市はなかなか現れませんでした。この間、6大都市に北九州市を足した〈7大都市〉という言い方がよく用いられました。しかし、昭和47年4月1日に川崎、札幌、福岡の3市が同時に政令指定都市となり、以後、同55年に広島市、平成元年(1989)年に仙台市、同4年に千葉市、同15年にさいたま市と順次政令指定都市が誕生しました。
いわゆる〈平成の大合併〉に関連してまとめられた《市町村合併支援プラン》では、「大規模な市町村合併が行われ、かつ、合併関係市町村及び関係都道府県の要望がある場合」には、政令指定都市について「弾力的な指定を検討する」ことがうたわれました。これをうけて人口要件の運用目安が70万人に緩和され、平成17年(2005)に静岡市、翌18年に堺市、さらに翌19年には新潟市、浜松市がそれぞれ政令指定都市となり、現在は17都市が政令指定都市となっています。
『日本列島「地名」をゆく!』では、この17都市に東京を加えた18都市のユニーク度を調査し、ランキングを作成しました。とはいっても市場調査会社が行うような綿密な調査をしたわけではありません。各都市の〈区名〉を比較して、ユニーク度を弾き出そうというもの。政令指定都市の〈区〉は東京都の特別区のような地方公共団体の単位ではなく、「単に市長の権限に属する事務を分掌する行政区にすぎない」のですが(前掲「日本大百科全書」)、とはいっても〈区の設置〉は政令指定都市への移行を示すシンボル。ルールは簡単で、他の都市と重複する〈区名〉の使用率が低い=独自の〈区名〉の構成率が高い都市を上位としました(同率の場合は、総区数が多いほうが上位)。
ところで、18都市の区名で、最も多くの都市で使われている区名はわかりますか? 正解は「西区」で、札幌、さいたま、横浜、新潟、浜松、名古屋、大阪、堺、神戸、広島、福岡の11都市で共通です。以下、北区、南区が10都市、中央区が8都市、東区が7都市、中区が5都市、緑区が4都市、港区が3都市で使用され、旭区、青葉区、泉区、鶴見区も2都市で共用されています。
共通区名をながめてみると、当然のことですが、中心を現す中央区(あるいは中区)、それに東・西・南・北の方角を示す4区名が、多くの都市で用いられています。中央(中)+東+西+南+北は、政令指定都市の区名5点セットといえるかもしれません。ではランキングの発表。
順位 | 市名 | 構成区(太字・斜体は重複区名) | 非重複区名数 | 総区数 | ユニーク度 |
1 | 川崎市 | 川崎区・幸区・中原区・高津区・多摩区・宮前区・麻生区 | 7 | 7 | 100% |
1 | 北九州市 | 門司区・若松区・戸畑区・小倉北区・小倉南区・八幡東区・八幡西区 | 7 | 7 | 100% |
3 | 静岡市 | 葵区・駿河区・清水区 | 3 | 3 | 100% |
4 | 東京特別区 | 千代田区・中央区・港区・新宿区・文京区・台東区・墨田区・江東区・品川区・目黒区・大田区・世田谷区・渋谷区・中野区・杉並区・豊島区・北区・荒川区・板橋区・練馬区・足立区・葛飾区・江戸川区 | 20 | 23 | 86.96% |
5 | 京都市 | 北区・上京区・左京区・中京区・東山区・下京区・南区・右京区・伏見区・山科区・西京区 | 9 | 11 | 81.82% |
6 | 大阪市 | 都島区・福島区・此花区・西区・港区・大正区・天王寺区・浪速区・西淀川区・東淀川区・東成区・生野区・旭区・城東区・阿倍野区・住吉区・東住吉区・西成区・淀川区・鶴見区・住之江区・平野区・北区・中央区 | 18 | 24 | 75% |
7 | 神戸市 | 東灘区・灘区・兵庫区・長田区・須磨区・垂水区・北区・中央区・西区 | 6 | 9 | 66.67% |
8 | 仙台市 | 青葉区・宮城野区・若林区・太白区・泉区 | 4 | 6 | 66.67% |
8 | 千葉市 | 中央区・花見川区・稲毛区・若葉区・緑区・美浜区 | 4 | 6 | 66.67% |
10 | 名古屋市 | 千種区・東区・北区・西区・中村区・中区・昭和区・瑞穂区・熱田区・中川区・港区・南区・守山区・緑区・名東区・天白区 | 9 | 16 | 56.25% |
11 | 横浜市 | 鶴見区・神奈川区・西区・中区・南区・保土ヶ谷区・磯子区・金沢区・港北区・戸塚区・港南区・旭区・緑区・瀬谷区・栄区・泉区・青葉区・都筑区 | 10 | 18 | 55.56% |
12 | 札幌市 | 中央区・北区・東区・白石区・豊平区・南区・西区・厚別区・手稲区・清田区 | 5 | 10 | 50% |
12 | さいたま市 | 西区・北区・大宮区・見沼区・中央区・桜区・浦和区・南区・緑区・岩槻区 | 5 | 10 | 50% |
14 | 広島市 | 中区・東区・南区・西区・安佐南区・安佐北区・安芸区・佐伯区 | 4 | 8 | 50% |
15 | 福岡市 | 東区・博多区・中央区・南区・西区・城南区・早良区 | 3 | 7 | 42.86% |
16 | 新潟市 | 北区・東区・中央区・江南区・秋葉区・南区・西区・西蒲区 | 3 | 8 | 37.50% |
17 | 浜松市 | 中区・東区・西区・南区・北区・浜北区・天竜区 | 2 | 7 | 28.57% |
17 | 堺市 | 堺区・中区・東区・西区・南区・北区・美原区 | 2 | 7 | 28.57% |
堂々の第1位はユニーク度100%の川崎市と北九州市が分け合いました。静岡市は100%と同じく満点なのですが、総区数の差で惜しい3位。以下、東京特別区、京都、大阪、神戸と続きます。下位をみるとユニーク度37.5%の新潟市が16位、これに続いて浜松、堺の両市が28.57%で最下位に並びました(同率17位)。総じていえば、政令指定都市になった時期が古い都市ほど、ユニーク度が高い傾向がみられます。そのなかで、総区数の差で3位に甘んじましたが、設置にあたって〈葵区〉〈駿河区〉の区名を創出した静岡市の健闘が光ります。一方、下位3都市はいずれも中央(中)+東+西+南+北の区名5点セットを使用しています。
平成の大合併では、合併に参加予定の各自治体の間で、新しい市名・町名の調整がつかず、合併話自体がもの別れになったという事例が多くありました。政令指定都市の区名も同様で、新区名に旧来の地名を活用しようとしても、各地域間の調整が難しく、中央(中)+東+西+南+北の5点セットといった抽象的な地名で折り合いをつけたケースもあったのでしょう。
しかし、政令指定都市への移行年度が新しいところほど、〈5点セット〉の使用頻度が高いという傾向には、懸念が残ります。それは、新区名設定担当者の考えのなかに、中央(中)+東+西+南+北といった〈5点セット区名〉は、抽象的な地名(区名)であり、かつ先行する多くの政令指定都市が用いているので、〈モダンで都市的な地名だ〉といった錯誤があるのでは、という懸念です。
18都市のなかで、最も都市の歴史が古い(成熟度が高い)のはもちろん京都で、ランキング5位に頑張っています。東京は近世都市〈江戸〉が母体ですから、都市の歴史はそれほど古くはありませんが、ランキングは4位、区名のなかには、古代・中世にさかのぼることができる地名も数多く含まれています。一方で、中世の自治都市〈堺〉の伝統を有する堺市が最下位というのは残念なことです。
前述のように、政令指定都市の人口要件の運用の目安が、条件付きとはいいながら、70万人に緩和されました。こうした動向をうけて、現在、相模原市、岡山市、熊本市などが政令指定都市への移行を目指しています。これらの都市が政令指定都市に移行する際には、〈モダン〉で〈金太郎飴〉のような区名ではなく、調整は難しくとも、地域の歴史と伝統が反映された新区名が命名され、〈ユニークな都市〉に成長することを期待してやみません。